双極症患者のための心理社会的支援:小さな一歩から始める回復への道のり(加点主義の効用)
私たちは誰しも、理想の自分を思い描きながら日々を過ごしています。特に双極症(双極性障害)と診断された方々にとって、その理想と現実のギャップは時として大きな心の重荷となります。私自身、もともと理想主義者であり、常に高すぎる目標を掲げ続け、それが達成できないことで何度も深く傷つきました。
この経験から、認知行動療法を通じて学んだ、より健康的な目標設定と自己評価の方法についてお伝えしたいと思います。この記事が、同じような悩みを抱える方々の心理社会的支援の一助となれば幸いです。
苦しみの源泉:理想自己と現実自己の狭間で
リワークプログラムに通う中で、私は認知行動療法という心理療法を通じて「理想自己」という重要な概念に出会いました。理想自己とは、簡単に言えば「なりたい自分の姿」のことです。しかし、その理想があまりにも高すぎると、現実の自分との間に越えがたい深い溝が生まれてしまいます。
私の場合、「できない自分」を他人に見せることへの強い恐れから、常に高い理想を掲げ続けていました。その結果、現実には達成が難しい目標を立て、それに向かって過剰な行動を取り、最終的には心身ともに疲れ果ててうつ状態に陥るという、苦しい悪循環を繰り返していたのです。
見えない重荷を理解する
この理想と現実のギャップは、特に双極症の方々に大きな影響を及ぼします。具体的には、以下のような問題が生じやすくなります。
- 「自分はダメな人間だ」という自己否定的な思考パターンの強化
- 他人の目を過度に気にすることによる社会的な引きこもりや孤立
- 無理をしてでも周囲の期待に応えようとする過剰適応
- 頑張りすぎた反動による気分の波の増大
こうした問題は、双極症の症状をさらに悪化させる要因となりかねません。
希望の光:心理社会的支援としてのスモールステップ
この困難な状況に対処するため、私はリワークでの面談を重ねる中で、「スモールスタート・スモールゴール」という考え方に出会いました。これは、大きな目標をあえて小さな行動に分解し、一歩ずつ着実に進んでいく方法です。
当初は「そんな小さな目標では意味がない」と考えていた私でしたが、実践してみると、この方法には素晴らしい効果があることがわかりました。
スモールステップがもたらす癒やし
この方法の効果は、以下のような点に表れます。
- 小さな達成感の積み重ね 毎日の小さな成功体験が、少しずつ自信を育んでいきます。特に双極症を抱える私たちにとって、この小さな成功体験の積み重ねは、安定した気分を維持するための大切な要素となります。
- 安全な挑戦の場の創出 小さなステップであれば、たとえ上手くいかなくても、心が大きく傷つくことは少なくなります。これは再発予防の観点からも非常に重要です。
- 体調に合わせた柔軟な調整 双極症特有の波がある中で、その日の体調や気分に応じて目標を調整できることは、大きな安心感につながります。
具体的な実践方法
実際の目標設定では、以下のような段階的なアプローチが効果的です。
例:「規則正しい生活を送る」という目標の場合
第1週目:朝7時に目覚ましをセットする(起きられなくても責めない)
第2週目:目覚ましが鳴ったら10分以内にベッドから出る
第3週目:起きたら窓を開けて光を入れる
第4週目:簡単な朝食を取る
このように、一つひとつのステップを具体的かつ達成可能な形で設定していきます。
自己評価の新しい形:加点主義
双極症の方々の多くは、私と同じように強い承認欲求を持っていると思います。「周りからよく見られたい」「評価されたい」という思いは自然なものですが、それが過度になると、心理的な負担となってしまいます。
心を守る加点主義
従来のビジネス社会でよく見られる減点主義的な評価は、とかく「できなかったこと」に注目しがちです。しかし、心理社会的支援の観点からは、「できたこと」に注目する加点主義的な評価の方が、はるかに効果的です。
日常での実践方法
加点主義は、日々の小さな成功を認識し、自己肯定感を育てていく方法です。
- 「今日は shower に入ることができた、それだけでも十分素晴らしい」
- 「会社に行けた、この不安定な時期によく頑張った」
- 「定期的な通院を続けられている、自己管理ができている証拠だ」
- 「薬を忘れずに飲めている、健康管理への意識が高い」
ビジネスの場面でも同様のアプローチが可能です。
- 「完璧なプレゼンではなかったかもしれないが、最後まで話し切れた」
- 「難しい案件に挑戦する勇気を持てた」
- 「同僚と前向きなコミュニケーションが取れた」
実践のためのツール
- 感謝日記の活用 毎日、その日にできたことや感謝できることを書き留めます。どんなに小さなことでも、記録する価値があります。
- 週間振り返りの習慣化 週末に時間を取って、その週の小さな成功体験をリストアップします。同時に、翌週の無理のない目標も設定します。
- 支援ネットワークの活用 心理療法の専門家や、理解のある家族・友人と進捗を共有し、客観的な視点からのフィードバックを得ます。
回復への道:希望を持って歩み続けるために
双極症(双極性障害)との付き合い方は、人それぞれ異なります。完璧な解決策はないかもしれませんが、スモールステップと加点主義という2つのアプローチは、多くの方の回復を支える効果的な心理社会的支援となるはずです。
大切なのは、自分のペースを守ること。完璧を求めすぎず、小さな目標を設定し、それを達成できたら心から自分を褒める。その積み重ねが、必ず前進への力となります。
さらなる支援を求めて
専門家による支援も、回復への重要な要素です。
- 精神科医との定期的な診察を継続する
- 心理カウンセリングを活用し、悩みを言語化する
- 必要に応じてデイケアプログラムに参加する
- 同じ経験を持つ仲間との交流の場を持つ
一歩ずつでも、確実に前に進んでいく。それが、私たちの回復への道のりなのです。