双極症の方が妊娠を考えるとき:リチウムとバルプロ酸が胎児に及ぼす影響

こんにちは。双極症当事者で、薬剤師の窓師(まどっち)です。
今回のコラムでは、双極症の治療に用いられる薬剤のうち妊娠中の女性が服用した場合に胎児への影響を考慮するべきとされる2剤、炭酸リチウムとバルプロ酸について、服薬量または薬物血中濃度薬物血中濃度と胎児への影響の関係について検討しました。

目次

1.一般人口における先天奇形の自然発生率

薬剤が胎児に及ぼす影響を見る前に、まず一般的に先天奇形は通常どの程度発生しているのかを見てみましょう。
薬剤の胎児におけるリスクを考える際、比較対象になるかと思われます。

全体的な先天奇形の自然発生率(*薬剤は無関係)

区分 発生頻度(自然発生率) 主な内容
すべての先天異常
(軽度〜重度含む)
約3〜5%口唇裂、四肢異常、
泌尿器異常など含む
重大な構造的奇形
(治療・支援を要するもの)
約2〜3% など心奇形、神経管閉鎖障害など
心奇形(全体) 約0.8〜1%心室中隔欠損、
ファロー四徴症など
神経管閉鎖障害(例:脊椎披裂) 約0.1〜0.2%葉酸欠乏との関連も強い

参考になるポイント

  • 誰にでも一定のリスクがある:完全にリスクゼロという妊娠は存在しません。
  • 高齢妊娠(35歳以上)、糖尿病、喫煙、飲酒、栄養不足などの因子も先天異常の発生率に影響します。
  • 葉酸サプリメントの服用(妊娠前~初期)により、神経管閉鎖障害のリスクを約70%減らせるとされています。

出典・参考文献

  • WHO: Congenital anomalies factsheet
  • CDC (Centers for Disease Control and Prevention): Birth Defects Statistics
  • 厚生労働省「母子保健に関する統計資料」
  • 日本産婦人科医会:妊娠・出産と先天異常の情報提供リーフレット

2.炭酸リチウム(リーマス)

炭酸リチウムは妊娠中の使用にあたり慎重な検討が必要な薬剤です。特に第一三半期(妊娠初期)における使用で、心奇形(特にエプスタイン奇形)などの先天異常リスクが指摘されています。
ただし、最近の研究ではリスクの再評価が進み、従来言われていたほど先天奇形リスクは極端に高くはないことも示唆されています。
以下に、リチウムの血中濃度や用量と胎児への影響頻度の関係を、文献をもとにまとめた表を示します。

炭酸リチウムの用量・血中濃度別 胎児先天異常リスク(目安)

血中濃度(mEq/L)先天奇形リスク(全体)心奇形(エブスタイン奇形など)
<0.6約1.5〜2%(一般人口とほぼ同等)<0.1%
0.6〜0.8約2〜3%約0.1〜0.2%
0.8〜1.0約3〜4%約0.2〜0.4%(軽度上昇)
>1.0約5%〜6%約0.4〜0.6%(上昇傾向)

補足情報

  • 一般人口における心奇形の自然発生率は約0.05%〜0.1%程度。
  • 以前は「リチウムで心奇形(特にエブスタイン奇形)が20倍」と言われたこともありますが、現在の研究では過大評価されていた可能性が高いとされています。
  • 妊娠中に最もリスクが高いのは、妊娠4〜8週(器官形成期)です。

妊娠中のリチウム使用に関する推奨

  • 継続が必要な場合は、血中濃度0.6〜0.8 mEq/Lを維持しつつ、定期的な胎児モニタリング(超音波など)を行うことが推奨されます。
  • 分娩前後は一時的にリチウムの中止または減量が必要なこともあります(母体の腎機能変動による中毒回避のため)

出典・参考文献

  • Patorno E et al. Lithium use in pregnancy and the risk of cardiac malformations. N Engl J Med. 2017.
  • McKnight RF et al. Lithium toxicity profile: a systematic review and meta-analysis. Lancet. 2012.
  • 日本産婦人科医会・日本精神神経学会「妊娠と薬に関するガイドライン」

2.バルプロ酸(デパケン)

デパケン(バルプロ酸)は、妊娠中の使用による胎児への影響が強く懸念される抗てんかん薬・気分安定薬です。
特に、神経管閉鎖障害(脊椎披裂など)や発達障害、知的障害のリスクが明確に報告されています。
以下に、バルプロ酸の用量別における胎児への先天異常の発現頻度(特に重度の先天奇形)をまとめた表を示します。

バルプロ酸の用量別 胎児への先天異常リスク(目安)

母体の1日投与量 先天奇形(重度)リスク 主な異常
<700 mg約5〜7%心奇形、尿道下裂、
軽度顔面異常 など
700〜1000 mg約8〜10%同上 + 神経管閉鎖障害のリスク増加
1000〜1500 mg約10〜15%神経管閉鎖障害(脊椎披裂など)、
頭蓋形成異常
>1500 mg約15〜20%以上重度奇形 + 自閉症スペクトラム障害
(ASD)や知的障害リスク大幅上昇

特に注意すべき胎児への影響

  • 神経管閉鎖障害(spina bifida):発症率は一般人口の10〜20倍(約1〜2%)
  • ASD(自閉スペクトラム症):一般人口の約1.5〜2倍とされる(用量依存性あり)
  • 知的障害:発達IQが低くなる傾向(平均で7〜10ポイントの低下報告あり)

妊娠中のバルプロ酸の使用に関する推奨

  • 妊娠中の双極症患者に対して、バルプロ酸を使用しないことを強く推奨する

補足と注意点

  • 妊娠計画がある場合は、バルプロ酸は基本的に回避すべき薬剤とされています(特に双極性障害においては他剤優先)。
  • どうしても使用が必要な場合でも、可能な限り低用量で、葉酸の補充(0.4〜5 mg/日)が強く推奨されます。
  • ヨーロッパでは、バルプロ酸は「最後の手段」としてのみ妊婦に使用することが明文化されています。

出典・参考文献

  • Tomson T, Battino D, et al. Dose-dependent risk of malformations with antiepileptic drugs: an analysis of data from the EURAP epilepsy and pregnancy registry. Lancet Neurol. 2011.
  • Meador KJ, et al. Fetal antiepileptic drug exposure and cognitive outcomes at age 6 years (NEAD study). Lancet Neurol. 2013.
  • 日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
  • 日本てんかん学会「妊娠と抗てんかん薬に関するガイドライン」

4.双極症の方が妊娠を考えるとき

双極症を抱える方が「妊娠を考えるとき」に服薬について相談・検討する際は、安全性と再発リスクのバランスをどうとるかが極めて重要になります。相談するタイミングは、早ければ早いほど良いでしょう。

  • 精神科主治医と産婦人科医が情報を共有しながら連携して支援できる体制を整えたうえで、当事者の方は主治医と相談しながら自分の希望や不安点を解消し準備を進めていきます。
  • 可能であれば、ハイリスク妊娠を扱う周産期専門施設の紹介を受けるのが理想です。

出典・参考文献

  • Patorno E, et al. 妊娠中のリチウム使用と心奇形リスクに関する大規模研究. N Engl J Med. 2017;376(23):2245-2254.
  • 日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
  • Meador KJ, et al. 抗てんかん薬の胎児曝露と認知機能. Lancet Neurol. 2013;12(3):244–252.

こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド(一般の方向け)

布団ちゃん

突然こんにちは。布団ちゃん(木野内南)です。薬のことだけじゃなく、もっと幅広く、精神疾患の方が妊娠を考えるときにオススメな読み物があるので登場しました。
読み物って言っても書籍じゃなくて、Web上でタダで読めます。
しかも日本精神神経学会と日本産科婦人科学会が中心に作っている、安心して頼ることができるものです。

日本精神神経学会と日本産科婦人科学会は、両学会が協働で、「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:総論編」、「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:各論編」を医師向けに作りました。

これらのガイドは医師向けなので難しいこともいっぱい書いてありました。

それを当事者やご家族などに向け、分かりやすく噛み砕いた「こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド(一般の方むけ)」としてPDF版とWeb版を出してくれたのです。
しかもその執筆者には、精神疾患の当事者も含んでおり、当事者と専門家とが色々と話し合って作っていったと聞いています。

Q&A形式で書かれており、とても分かりやすいし、知りたいことがすぐ分かる構成です。
是非読んでみてください。

Web版(スマホ・PC対応):こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド(一般の方むけ)
https://www.jspn.or.jp/guide

PDF版:こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド(一般の方むけ)https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/about/kokoro_ninshin_syussan_20241219.pdf

ガイドまとめページ:日本精神神経学会(改訂などの情報が得られます
https://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=71

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この記事を書いた人

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 代表
双極性障害、ADHD当事者で薬剤師。
起業と株式上場経験あり。

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