心理教育導入ガイド:第6回 双極症の心理教育を日本に根づかせるーー実践を記録し、当事者とともに共有する


NPO法人ネット心理教育ピアサポート 副理事長
認定専門公認心理師
社会福祉士
国際双極症学会 評議員
木野内南(布団ちゃん)

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長
薬剤師
藤田剛(窓師)
NPO法人ネット心理教育ピアサポート|2026年7月作成
はじめに――双極症の心理教育導入ガイドについて
心理教育は「長く丁寧に行えばよい」「短くすれば参加しやすい」という単純な二択ではありません。 大切なのは、当事者や家族の生活と体調に合わせて、必要な時に学び、離れても戻れる仕組みをつくることです。
双極症の心理教育導入ガイドは、双極症の心理教育や集団心理教育の導入を検討している医療機関、医療・福祉関係者に向けて作成しました。
この記事について
この記事は、双極症の心理教育を医療機関や地域、NPO活動で導入する際に、プログラムの長さや継続方法をどう設計するかを考えるためのコラムです。
個別の治療方針を示すものではありません。治療内容や参加の可否については、主治医や支援者と相談してください。
双極症の心理教育導入ガイドの構成
本ガイドは全6回構成です。
- 第1回 双極症の心理教育を導入する前に
- 第2回 双極症の心理教育とは何か
- 第3回 長期型と短期型の心理教育
- 第4回 病期・生活段階に合わせた心理教育
- 第5回 孤立しない、孤立させない心理教育
- 第6回 最終回 心理教育を続ける仕組み
第6回の要点
心理教育は理論だけでなく実施現場において初めて得られる、いわば実装経験の共有が必要です。実装経験はもちろん一つの実施施設において重要な知見ですが、さらに他の実施施設と共有することによって、心理教育の実装のための知識の集積は加速し、それは全ての心理教育実施環境の全身につながります。今回は、知識の保存と共有について説明します。また、将来的な研究課題を提示します。
- 成功例だけでなく、参加困難、中断、院内調整、実施者負担も重要な知見です。
- 対象、回数、教材、実施者、変更点を再現可能な形で記録します。
- 学会報告や研究では倫理審査、同意、個人情報、当事者参画へ配慮します。
- 実施者、当事者、家族、学会、医療機関が学び合うネットワークが必要です。
目次
1.実施して終わりにしない
双極症の心理教育には有効性を示す研究があります。一方、日本の医療・福祉現場で、どのように参加者を集め、誰が、何回、どの教材を使い、どのような困難を乗り越えたかという実装経験は、十分に共有されているとはいえません。
ガイドラインを読むだけで、各施設の人員、地域、診療体制へ自動的に導入できるわけではありません。効果が期待される介入を、現場で持続可能に実施する知見が必要です。
心理教育を実施する医療機関と支援者には、学会、研究会、実践報告、論文、オンラインの専門家ネットワークなどを通じて、経験を共有していただきたいと考えます。
2.成功例だけでなく、難しかったことを共有する
- 参加者を集めにくかった
- 出席継続が難しかった
- 情報量が多すぎた
- Ⅰ型・Ⅱ型を同じグループで扱う工夫が必要だった
- 家族参加に本人の抵抗があった
- オンラインで発言しにくい人がいた
- 睡眠減少、躁転、自殺リスクへの個別対応が生じた
- 実施者負担が大きく継続できなかった
- 診療報酬、会場、業務時間を確保できなかった
- 教材更新やデータ管理を担う人がいなかった
導入できなかった理由や中断理由は、他施設が同じ問題を予測し対策するための実装知です。時には成功例よりも重要な情報が含まれていることがあります。
3.最低限、何を記録するか
| 領域 | 記録項目 |
|---|---|
| 目的 | 治療導入、再発予防、服薬、家族支援、復職等 |
| 対象 | 病型、病期、年齢、参加基準、延期・除外基準 |
| 形式 | 個別、集団、家族、対面、オンライン、ハイブリッド |
| 介入量 | 回数、頻度、時間、人数 |
| 実施者 | 職種、人数、研修、経験、スーパービジョン |
| 内容 | マニュアル、教材、個人・グループワーク |
| 変更 | 原法から省略・追加・変更した内容と理由 |
| 参加 | 紹介数、参加率、出席率、完了率、中断理由 |
| 成果 | 理解、記録、早期サイン、再発計画、QOL、再発・入院 |
| 安全性 | 症状悪化、緊急対応、個人情報、有害な助言 |
| 実装 | 準備時間、人員、費用、院内調整、促進要因・障壁 |
| 当事者参画 | 企画、教材、運営、評価、発表への関与 |
各実施回の記録テンプレート
実施日: プログラム名・セッション番号: テーマ: 実施者: 参加者数: 実施した主要項目: 変更・省略した項目と理由: 参加者から出た質問: ワークの状況: 症状悪化・安全性: 個別診療への申し送り: 次回までの課題: 実施者の振り返り: スーパービジョンで検討する事項:
4.再現できる形で報告する
「6回の心理教育を実施した」だけでは、他施設は再現できません。
TIDieR
介入の名称、根拠、材料、手順、実施者、方法、場所、回数、個別化、変更、忠実度などを報告するチェックリストです。[1]
StaRI
介入そのものと、現場へ導入するための実装戦略の両方を透明に報告します。[2]
EQUATOR Networkには研究デザインに応じた報告ガイドラインが整理されています。[3]
企画段階から使う
チェックリストは研究の質を自動的に保証しませんが、必要な情報の欠落を防ぎます。
5.倫理、同意、個人情報
日常診療の振り返り、院内の質改善、学会発表を目的とする研究では必要な手続きが異なります。症例や参加者データを外部発表する場合は、倫理審査委員会や担当部署へ事前に相談します。
「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」は、人権、安全、福祉、科学的質、個人情報などを定めています。[4]
- 研究、症例報告、質改善のどれか
- 倫理審査・施設長許可
- 本人・家族の同意、オプトアウト
- 少人数での再識別リスク
- 録画、チャット、ウェアラブル、AIデータ
- 保存期間、アクセス権、第三者提供
- 利益相反と資金源
「少人数」「教育活動」という理由だけで倫理的検討を省略することはできません。
6.当事者・家族とともに評価し、報告する
医療者にとって実施しやすいプログラムと、当事者にとって参加しやすく役立つプログラムは同じとは限りません。
- 何が分かりやすかったか
- 何が負担、威圧的、非現実的だったか
- 生活で役立った内容
- 不足していた内容
- どのような人が参加しにくいか
- 終了後に必要なつながり
可能なら、教材改善、研究課題、結果解釈、共同発表へ参加してもらいます。
参画を搾取にしない
- 目的と役割を明確化
- 病名・体験の開示を強制しない
- 匿名性と公開範囲を本人と決める
- 謝金・報酬を検討
- 体調悪化時に休止・辞退できる
- 共同著者・発表者の基準を透明化
7.実践者同士が学び合う仕組み
医療機関、地域支援、大学、学会、家族心理教育の実践者、当事者団体、家族会が知見を持ち寄る仕組みが必要です。
- 共通教材と記録様式
- 実施者研修とスーパービジョン
- 安全管理
- Ⅰ型・Ⅱ型、家族参加の工夫
- オンライン、ウェアラブル、AI
- ピア・ExEとの協働
- 日本の社会資源
- 実施コストと持続可能性
情報交換の例
- 学会・研究会の実践報告
- 多施設の事例検討
- オンライン実施者コミュニティ
- 教材と改訂履歴の共有
- 導入障壁・中断理由の匿名データ
- 当事者・家族を含む検討会
8.今後の研究課題
双極症の心理教育については、現在においてもなお解決課題が多く、情報集積は十分とは言えません。また、ExEやAIの活用など新たな可能性も提示されています。以下に主要な研究課題と新たな展望を示します。
- 日本の実施率を上げることと地域差を少なくすること
- 構造的・概念的障壁
- 治療導入期の短期心理教育
- 双極Ⅱ型に適した内容
- 本人と家族への介入の組み合わせ
- 対面、オンライン、ハイブリッド
- ピア・ExEの役割と安全な雇用
- ウェアラブル・AIの有効性と注意事項
- デジタル格差、文化、言語、認知面
- QOL、社会参加、本人目標の評価
- 費用対効果、実施者負担、持続可能性
9.心理教育実施者へのメッセージ
双極症の心理教育は有力な治療手段ですが、実装に関する知識、その入手方法の整備の遅れから、日本の医療・地域支援へどのように根づかせるかという知見は、まだ十分整ってはいません。
現場で得られた工夫、成果、困難を記録し、学会や研究会を通じて共有していただきたいと考えます。実施者だけでなく、参加する当事者と家族も、知見をつくる重要な担い手です。
NPO法人ネット心理教育ピアサポートは、双極症の当事者が孤立することなく、医療者、家族、仲間、地域社会とつながりながら、必要な心理教育へアクセスできる環境が広がることを願っています。
実施者、当事者、家族が互いの経験から学び、日本の実情に合った心理教育を、ともに育てていくことを願っています。
参考文献・資料
- Hoffmann TC, et al. TIDieR checklist and guide. BMJ. 2014. 参照
- Pinnock H, et al. StaRI Statement. BMJ. 2017. 参照
- EQUATOR Network. Reporting guidelines. 参照
- 厚生労働省. 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針. 参照
- WHO Regional Office for Europe. Transforming mental health through lived experience. 2025. 参照
- 日本うつ病学会. 診療ガイドライン 双極症2023. 参照
医療情報としての注意
本記事は一般的な情報です。個別の診断、治療、処方変更、緊急性の判断は担当医療チームが行ってください。既存マニュアルや図表の利用時は著作権と利用条件を確認してください。
執筆を終えて――このガイドに込めた思い
本シリーズは、WHOが健康を、単に病気がないことではなく、身体的、精神的、社会的に良好な状態として捉えていることを念頭に、双極症の当事者のよりよい生活とQOLをどのように支えられるかという視点からまとめました。
執筆にあたっては、薬剤師であり双極症の当事者でもある藤田剛(窓師)と、公認心理師・社会福祉士(当時)であり、同じく双極症の当事者でもある木野内南(布団ちゃん)が、NPO法人ネット心理教育ピアサポートにおいて、2018年からバルセロナ・プログラムを中心に心理教育を実践してきた経験を踏まえています。
二人は、出会う以前から、それぞれ異なる立場で双極症の治療について考えていました。
藤田は、薬物療法が双極症治療の重要な基盤であることを理解する一方、薬物療法だけでは、当事者が直面する再発予防、生活リズム、人間関係、就労、社会参加といった課題のすべてを支えることは難しいと感じていました。
木野内は、心理療法やカウンセリングの意義を認めながらも、従来の個別的な心理支援だけでは、双極症の病態、薬物療法、自己モニタリング、早期警告サイン、再発予防を体系的に学ぶ機会が十分に提供されないことがあると考えていました。
二人に共通していたのは、薬物療法か心理療法かという二者択一ではなく、医学的な治療と、当事者が病気とともに生活していくための学びを組み合わせる必要があるという問題意識でした。
そして二人は、出会う以前から、それぞれFrancesc ColomとEduard Vietaによる双極症の心理教育、特にバルセロナ・プログラムについて学んでいました。
その可能性を感じながらも、医学・薬学的な知識、心理的支援、集団運営、当事者としての経験を、一人だけで統合して実践することは難しいと考えていました。
そうした時期に二人が出会い、それぞれが別々に抱えていた問題意識と、バルセロナ・プログラムから学んできた内容が重なりました。
この出会いが、現在のNPO法人ネット心理教育ピアサポートの活動の出発点となりました。
2018年以降、私たちは、バルセロナ・プログラムを中心とした心理教育を、日本の当事者の生活や医療・福祉の実情に合わせながら実践してきました。
参加者が自分の病気や治療を理解し、気分の変化へ以前より早く気づけるようになった経験もありました。当事者同士の学び合いが、孤立感を和らげ、再び生活へ向き合う契機となったこともありました。
その一方で、長期間のプログラムへの継続参加、病期や理解度に応じた情報量の調整、双極Ⅰ型とⅡ型の体験の違い、家族との連携、オンラインでのグループ運営など、思うように進まなかったことも少なくありませんでした。
本シリーズには、うまくいった経験だけでなく、実施の中で直面した困難や、十分に対応できなかった課題も反映しています。
現在、木野内は、公認心理師・社会福祉士としての専門性と、Experts by Experience――経験に基づく専門家――としての視点を生かし、国内の実践だけでなく、国際的な研究・交流の場にも活動を広げています。バルセロナ・プログラムの開発者の一人であるEduard Vieta氏をはじめ、海外の研究者や当事者専門家との交流を深めながら、当事者の経験を研究、教育、支援へ還元する活動に取り組んでいます。
もっとも、私たちは、学会や研究機関の中核を担う大規模な組織ではありません。限られた人員と資源の中で、心理教育を実践してきた一つのNPO法人にすぎません。
そのような一実施団体が、双極症の心理教育の普及という大きなテーマを扱うことについては、迷いもありました。
しかし、一つの実施団体だからこそ見えてきた課題を言葉にし、国内外の研究知見と照らし合わせ、他の実施者と共有することには意味があるのではないかと考えました。
本シリーズは、双極症の心理教育に関する完成された答えを示すものではありません。医療機関の規模、対象となる人の病期や生活状況、地域の社会資源、実施者の職種によって、適切な心理教育の形は異なります。
私たちが願っているのは、特定のプログラムそのものが普及することだけではありません。
当事者が、自分の病気と治療について理解できること。
気分の変化へ早く気づき、必要なときに相談できること。
調子を崩したときにも、一人で抱え込まず、医療者、家族、仲間、地域の支援へつながれること。
再発や入院を経験した後にも、生活を立て直し、本人にとって大切な役割や希望を取り戻せること。
そうした一つひとつが、当事者のよりよいQOLにつながると考えています。
また、日本における双極症の心理教育を発展させるためには、一つの団体だけでなく、医療機関、大学、学会、地域支援機関、家族会、当事者団体、ピアサポートの実践者が、それぞれの経験を持ち寄る必要があります。
成果が得られた実践だけでなく、参加者を集められなかったこと、継続が難しかったこと、実施者の負担が大きかったこと、安全管理や家族との連携に迷ったことなども、今後の実践を改善するための重要な知見です。
私たち自身も、このガイドを公開して終わりにするのではなく、当事者、家族、医療・福祉関係者からの意見を受けながら、内容を見直し、実践と研究の進展に合わせて更新していきたいと考えています。
将来的には、地域や所属を越えて、教材、導入上の工夫、成果、困難を共有し、実施者が互いに相談し、学び合える環境が構築されることを願っています。
NPO法人ネット心理教育ピアサポートは、双極症と診断された人が、できるだけ早い段階から心理教育の存在を知り、必要なときに学び直し、孤立することなく支援へつながれる社会を目指します。
本シリーズが、各地で双極症の心理教育に取り組む皆さまとの情報交換と協働につながり、当事者のよりよい生活とQOLを支える小さな一歩となれば幸いです。
了
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