双極症の治療はどう進化してきたのか? 第1回 かつて双極症は「躁を何とかする病気」だった

シリーズ構成
本シリーズ「双極症の治療はどう進化してきたのか?」は、以下の全6回で構成しています。

かつて双極症は「躁を何とかする病気」だった
双極症の治療史は、単に「新しい薬が増えた歴史」ではありません。
病気の見え方が変わる → 治療の目標が変わる → 求められる治療や薬が変わる。
この流れをたどると、なぜ現在の双極症治療が「再発予防」「社会生活」「QOL」「本人の希望」まで考えるようになったのかが見えてきます。
まず、全体の地図を見てみましょう
現在の双極症治療では、躁状態だけでなく、うつ状態、再発予防、副作用、仕事や家庭生活、QOL(生活の質)など、さまざまなことが治療の対象になります。
しかし、最初からこれらすべてが意識されていたわけではありません。病気について分かることが増えるにつれて、「何を治療すべきなのか」そのものが変わってきました。
| 時代 | 重要度 | 病気の見え方 | 医療から見えやすかった患者像 | 治療目標 | 主な治療・薬 |
|---|---|---|---|---|---|
| 19世紀末~20世紀初頭 | ★★ 重要 | 躁とうつを「躁うつ病」という一つの疾患群として体系化 | 症状の強い患者、入院を要する患者が把握されやすい | 激しい症状の抑制、安全の確保 | 鎮静的治療など。薬物治療の選択肢は乏しい |
| 1930年代 | ★ 背景 | 身体療法の時代 | 重症の精神症状を呈する患者 | 急性期症状の改善 | ECT(1938年~)など |
| 1949年 | ★★★ 大転換 | 躁状態を薬で治療できる可能性が明確になる | 急性躁状態 | 躁状態を薬で改善する | リチウム |
| 1950年代 | ★★ 重要 | 精神薬理学が急速に発展 | 興奮・精神病症状を伴う躁状態など | 急性躁状態・強い興奮のコントロール | クロルプロマジンなど定型抗精神病薬、リチウム |
| 1960~70年代 | ★★★ 次回 | 「繰り返す病気」として長期経過を見る | 躁・うつを反復する患者 | 再発予防 | リチウム維持療法 |
| 1970~2000年代 | ★★ 後の回 | Ⅰ型・Ⅱ型、双極うつ、病相の多様性 | 軽躁+うつ、外来で生活する患者も重要に | 躁だけでなく、うつ・維持期も治療 | 抗てんかん薬、第2世代抗精神病薬、ラモトリギンなど |
| 2000年代~現在 | ★★ 後の回 | 残存症状、社会機能、QOL、個人差を重視 | 社会生活を送りながら治療する多様な当事者 | 生活・社会参加・本人の治療ゴール | 薬物療法+心理社会的支援+SDM |
※これは医学史を理解するための概略図です。治療法は新しいものに単純に置き換わったわけではありません。リチウム、抗精神病薬、ECTなどは現在も、適切な病態・状況で重要な治療です。また、薬剤の承認時期や位置づけは国によって異なります。
そもそも「躁とうつは同じ病気なのか?」
躁状態とうつ状態そのものは、古くから知られていました。
しかし、
「気分が異常に高くなる躁」と「ひどく落ち込むうつ」が、同じ人に繰り返し現れる一つの病気なのではないか。
この考え方が近代医学の中で整理されていったのは19世紀です。
1850年代にはフランスのFalretやBaillargerが、躁とうつを繰り返す病像を記載しました。そして19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツの精神科医Emil Kraepelin(エミール・クレペリン)が、躁、うつ、混合状態などを大きな「躁うつ病(manic-depressive insanity)」の疾患群として体系化しました。
これが、現在の双極症につながる重要な出発点でした。
ただし、この時代の「躁うつ病」は、現在の双極症と完全に同じ概念ではありません。現在のうつ病に相当する病態の一部も広く含んでいました。
その後、1950~60年代には「単極性のうつ」と「双極性」を分ける考え方が発展し、さらに後には双極Ⅰ型・Ⅱ型が整理されていきます。これらは後の回で詳しく扱います。
当時、医療から最も「見えやすかった」のは激しい躁状態
ここで、当時の精神科医療を想像してみます。
現在のように、軽い症状の段階から外来に通い、長期間経過をみる医療が十分に発達していた時代ではありません。医療が把握しやすい患者さんは、どうしても症状の強い人に偏ります。
特に躁状態では、
- ほとんど眠らない
- 活動が著しく増える
- 激しく話し続ける
- 強い興奮や易怒性がみられる
- 浪費や危険な行動が増える
- ときに妄想や幻覚を伴う
- 本人や周囲の安全確保が必要になる
ことがあります。その結果、入院が必要になることもあります。
当時の医療から見えやすかった双極症像が、入院を要するような重い病態に偏りやすかった、と考えることが大切です。
この時代の治療目標は「まず今の躁を抑える」
激しい躁状態の患者さんが目の前にいる。ほとんど眠らず活動し続け、判断力も大きく低下している。
この状況では、「10年後のQOLをどうするか」よりも、まず今の状態を安全に落ち着かせることが優先されます。
したがって、この時代に求められた治療や薬の性格も、「今の躁をしっかり抑える」ことに強く対応していました。
| 項目 | 当時の中心 |
|---|---|
| 医療から見えやすい患者 | 重い躁状態、入院を必要とする患者 |
| 主な問題 | 興奮、不眠、異常な活動性、危険行動、精神病症状など |
| 治療目標 | まず躁状態を落ち着かせる |
| 治療 | 入院、身体療法、薬物療法 |
| 薬の役割 | 抗躁作用、興奮・精神病症状のコントロール |
1938年――薬が十分でない時代に登場したECT
20世紀前半には、現在のような薬物療法の選択肢はありませんでした。
1938年にはECT(電気けいれん療法)が精神疾患の治療に導入されました。
ただし当時は、現在ほど治療法を細かく選べる時代ではありませんでした。
そこに、双極症治療史上の大きな転換が起こります。
1949年――リチウムが「躁を薬で治療する」可能性を示した
1949年、オーストラリアの精神科医John Cade(ジョン・ケイド)が、躁状態を含む精神運動性興奮に対するリチウム塩の治療効果を報告しました。
これは双極症治療の歴史における非常に重要な出来事です。
ここで注意したいのは、1949年に「リチウムそのものが発見された」わけではないということです。リチウムという元素やその塩は以前から知られていました。
重要なのは、
リチウムが躁状態を改善する治療薬として使える可能性が示された
ことでした。
この時点でのリチウムの大きな役割は、まず抗躁薬です。
つまり、
躁状態になった → リチウムで治療する
という考え方です。
ところが後に、リチウムはこれよりさらに大きな意味を持つことになります。それは「今の躁を治す」ことではなく、まだ起きていない次の躁やうつを防ぐことでした。
1950年代――定型抗精神病薬が精神科医療を変えた
もう一つ、精神科治療全体を大きく変えたのがクロルプロマジンなどの定型抗精神病薬(第1世代抗精神病薬)の登場です。
クロルプロマジンは1952年に精神科臨床へ導入され、精神薬理学の大きな転換点となりました。統合失調症だけでなく、躁状態でみられる強い興奮や精神病症状のコントロールにも用いられるようになっていきます。
「強い精神症状を薬によってコントロールする」という現代の精神薬理学の時代が始まっていきます。
なぜ「しっかり躁を抑える薬」が求められたのか
現在では、薬を選ぶとき、
- 眠気
- 体重増加
- 手の震え
- 錐体外路症状(薬によるふるえ・筋肉のこわばりなど)
- 仕事や運転への影響
- 長期間続けやすいか
など、治療効果だけでなく生活への影響も細かく考えます。
しかし、激しい躁状態が治療の中心だった時代には、「まず現在の躁状態を十分に落ち着かせ、安全を確保する」ことの優先順位が高くなります。
つまり、
薬の歴史を、
古い薬 → 新しい薬 → 新しい薬の方が優れている
という単純な進歩として見ると、本質を見失います。
むしろ、
何を治療で実現したいのかが変わり、それに応じて必要とされる薬や治療法が増えてきた
と考えた方が、双極症治療の歴史を理解しやすいのです。
しかし、「躁を治せる」だけでは解決しなかった
薬によって躁状態を治療できるようになった。
これは非常に大きな進歩でした。
しかし、患者さんを長期間診ていると、別の問題が見えてきます。
躁状態が治った。
退院した。
元の生活に戻った。
しかし、数か月後、あるいは数年後に、また躁状態になる。
あるいは、今度はうつ状態になる。
ここから双極症治療は、まったく新しい問いに向き合うことになります。
「良くなった後、次の躁やうつを防ぐことはできないのだろうか?」
そして再び、リチウムが重要な役割を果たします。
しかし今度は、
「躁を治療する薬」ではなく、「次の再発を防ぐ薬」としてです。
第1回まとめ
- 現在の双極症につながる「躁うつ病」の概念は、19世紀末から20世紀初頭に体系化された。
- 当時の医療では、入院を要するような重い躁状態が特に把握されやすかった。
- そのため初期の大きな治療目標は、「まず今の躁を抑える」ことだった。
- 1938年にECTが導入され、1949年にはCadeがリチウムの抗躁作用を報告した。
- 1950年代にはクロルプロマジンなどの定型抗精神病薬が登場し、精神科の薬物療法は大きく進んだ。
- しかし、躁が改善しても再び躁やうつを繰り返すという問題が残った。
――リチウムが生んだ「再発予防」という考え方
1960年代後半から1970年代、治療の対象は「今起きている躁」から、「まだ起きていない次の躁やうつ」へと広がります。現在では当たり前になった「再発予防」という治療目標が、どのように生まれたのかを見ていきます。
主な参考文献・資料
- Mondimore FM. Kraepelin and manic-depressive insanity: an historical perspective. Int Rev Psychiatry. 2005;17(1):49-52. PMID: 16194770. PubMed
- Mason BL, Brown ES, Croarkin PE. Historical Underpinnings of Bipolar Disorder Diagnostic Criteria. Behav Sci (Basel). 2016. PMID: 27429010. PubMed
- Endler NS. The Origins of Electroconvulsive Therapy (ECT). Convuls Ther. 1988;4(1):5-23. PMID: 11940939. PubMed
- Cade JFJ. Lithium salts in the treatment of psychotic excitement. Med J Aust. 1949;2(10):349-352. PMID: 18142718. PubMed
- López-Muñoz F, et al. History of the discovery and clinical introduction of chlorpromazine. Ann Clin Psychiatry. PMID: 16433053. PubMed
- Baastrup PC, Schou M. Lithium as a prophylactic agent. Its effect against recurrent depressions and manic-depressive psychosis. Arch Gen Psychiatry. 1967;16(2):162-172. PMID: 6019331. PubMed(次回の中心文献)
双極症の動画図書館シリーズについて
双極症の動画図書館シリーズは、YouTube動画とWeb解説コラムで構成しています。
- YouTube動画はテーマごとに要点を5分程度の短い動画でまとめています。
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