双極症の治療はどう進化してきたのか? 第3回 双極症は「躁の病気」だけではなかったーー双極Ⅱ型の登場と、見えてきた「うつ」の重さ

シリーズ構成
本シリーズ「双極症の治療はどう進化してきたのか?」は、以下の全6回で構成しています。

双極症は「躁の病気」だけではなかった ――双極Ⅱ型の登場と、見えてきた「うつ」の重さ
双極症というと、眠らずに活動する、話し続ける、大きな買い物をする、といった躁状態が注目されやすい病気です。 しかし、実際に長く生活を苦しめるのは、うつ状態や、完全には回復しきらない軽いうつ症状であることが少なくありません。 双極Ⅱ型という概念の登場は、双極症の見方と治療の重点を大きく変えました。
この記事の要点
- 双極症は、目立つ躁状態だけでなく、うつ状態を含む長期的な経過として理解する必要があります。
- 1970年代に、躁状態ではなく軽躁状態を伴う「双極Ⅱ型」の考え方が明確になりました。
- 1994年のDSM-IVで、双極Ⅱ型が独立した診断カテゴリーとして正式に位置づけられました。
- 長期追跡研究では、双極Ⅰ型・Ⅱ型ともに、躁・軽躁よりうつ症状を抱える期間のほうが長いことが示されました。
- この認識の変化を背景に、2000年代以降、双極性うつ病を直接対象とする薬物療法の研究が増えました。
1.以前は、重い躁状態が双極症の目印だった
精神科医療では長い間、入院や保護を必要とする激しい躁状態が、双極症を見つける重要な手がかりでした。 多弁、興奮、著しい活動性、浪費、攻撃性、妄想などは周囲からも見えやすく、医療につながりやすい症状です。
一方、軽躁状態は本人にとって「調子がよい時期」「本来の自分」に感じられることがあります。 周囲にも病的な変化と認識されず、受診時にはうつ状態だけが語られることもあります。
2.「軽躁」をどう位置づけるか
「軽躁(hypomania)」という言葉自体は19世紀から使われていました。 ただし、それをうつ病と結びつけ、一つの病型として整理するには時間がかかりました。
アキスカルが広げた「双極スペクトラム」という視点
精神科医ハゴップ・アキスカルは、Dunnerらによる双極Ⅰ型/Ⅱ型の区分を受け、 明瞭な躁状態だけでなく、軽躁状態、反復するうつ状態、循環気質などを長期経過の中で捉える研究を進めました。 その仕事は、双極Ⅱ型の臨床像を明確にし、さまざまな程度の双極性を連続的に考える「双極スペクトラム」の発展に大きな影響を与えました。
この視点からは、うつ状態で受診した人について、過去の軽躁状態や普段の気質、家族歴まで丁寧に振り返ることの重要性が見えてきます。 ただし、双極スペクトラムは現在の診断基準と同じものではなく、範囲を広く捉えすぎれば過剰診断にもつながり得ます。 自己診断のためではなく、長期の経過を医師と検討するための視点として理解することが大切です。
ここで重要なのは、双極Ⅱ型が単に「双極Ⅰ型の軽症版」として追加されたわけではないことです。 軽躁状態は躁状態より重症度が低いものの、反復するうつ状態や残る症状を含めた病気全体の負担まで軽いとは限りません。
3.双極Ⅰ型と双極Ⅱ型――違いは「病気の格」ではない
| 区分 | 診断上の中心 | 見落とされやすい点 |
|---|---|---|
| 双極Ⅰ型 | 少なくとも1回の躁病エピソードがある | 躁状態が目立っても、長期経過ではうつ症状の負担が大きいことがある |
| 双極Ⅱ型 | 軽躁病エピソードと大うつ病エピソードがあり、躁病エピソードはない | 軽躁状態が「元気な時期」と受け取られ、うつ病として治療され続けることがある |
躁状態の強さ、うつ状態の長さ、再発頻度、混合症状、生活への影響など、負担の現れ方が異なります。
4.患者さんは「うつ」のときに医療へ来る
双極Ⅱ型の人が医療を求めるのは、多くの場合、仕事や家事ができない、眠れない、何も楽しめない、自分を責め続ける、といったうつ状態のときです。 その診察だけを切り取れば、単極性のうつ病との区別は簡単ではありません。
診断の手がかりになるのは、現在の症状だけではなく、これまでの経過です。 睡眠時間が少なくても平気だった時期、活動や会話が増えた時期、普段とは異なる決断や浪費、周囲から見た変化などを振り返ります。
活動的な時期があったからといって、双極症とは限りません。薬、身体疾患、生活上の出来事など、ほかの要因も含めて医師が経過を確認します。
5.長期研究が示した「うつ」の重さ
Juddらは、双極症の人の状態を週ごとに長期間追跡しました。 双極Ⅰ型では平均12.8年の追跡中、何らかの気分症状があった週は47.3%で、うつ症状は31.9%、躁・軽躁症状は8.9%でした。
双極Ⅱ型では平均13.4年の追跡中、症状があった週は53.9%でした。 そのうち、うつ症状が50.3%を占め、軽躁症状は1.3%、混合・交代性の症状は2.3%でした。
| 長期追跡研究 | うつ症状の週 | 躁・軽躁症状の週 | 読み取れること |
|---|---|---|---|
| 双極Ⅰ型 | 31.9% | 8.9% | Ⅰ型でも、経過全体ではうつ症状が優勢でした |
| 双極Ⅱ型 | 50.3% | 1.3% | 症状のある期間の大部分をうつ症状が占めました |
これは「すべての人が同じ割合で症状を経験する」という意味ではありません。 研究参加者全体の平均であり、個人差があります。 それでも、双極症を躁状態だけで理解するのでは不十分だという重要な根拠になりました。
6.双極性うつ病の治療開発は遅れていた
リチウムは、躁状態の治療と再発予防という大きな進歩をもたらしました。 しかし、急性の双極性うつ病に対して、どの薬がどの程度有効かを示す臨床試験は長く十分ではありませんでした。
うつ状態には抗うつ薬を使う、という考え方は自然に見えます。 ただし双極症では、効果の確実性に加え、躁転(うつから躁・軽躁へ変化すること)、混合症状、頻回な気分変動との関係を考える必要があります。 これは「抗うつ薬は一切使えない」という意味ではなく、病型や経過、併用薬を踏まえて個別に判断するという意味です。
治療研究の重点が変わった
| 時期 | 主な変化 | 治療上の意味 |
|---|---|---|
| 1940~1970年代 | リチウムによる躁状態の改善と再発予防 | 「いまの躁を治す」から「次の波を防ぐ」へ |
| 1990年代 | 双極Ⅱ型の正式化、ラモトリギンなどの研究 | うつ優位の経過と、うつ再発予防に注目 |
| 2000年代 | オランザピン・フルオキセチン配合、クエチアピンなど、双極性うつ病を直接対象とした試験 | 「抗躁薬の延長」ではない、急性うつ治療の根拠が蓄積 |
| 2010年代以降 | ルラシドンなど選択肢の拡大 | 薬ごとの得意な病相を区別する考え方が明確に |
「抗精神病薬だから躁に使う」「抗てんかん薬だから気分の波全体に効く」とは限りません。 急性躁、急性うつ、躁の再発予防、うつの再発予防のどこに根拠があるかを分けて見る必要があります。
7.ただし、双極Ⅱ型の治療根拠は今も十分ではない
双極性うつ病に使われる薬が増えたことは大きな進歩です。 一方、承認につながった主要な臨床試験の多くは、双極Ⅰ型のうつ状態を対象としています。 双極Ⅱ型だけを対象とした大規模試験は相対的に少なく、Ⅰ型の結果をそのままⅡ型へ当てはめられない場合があります。
診断カテゴリーができることと、その病型に適した治療法が十分に確立することの間には時間差があります。 これは、第2回で扱った「再発予防という考え方が、臨床へ浸透するまでの時間差」とも共通します。
8.「うつがよくなった」だけでは終わらない
長期研究では、診断基準を完全には満たさない軽いうつ症状も多くの週でみられました。 症状の数が減っても、疲れやすさ、意欲低下、認知機能の不調、不安、睡眠の乱れが残れば、仕事や学業、人間関係への復帰は難しいことがあります。
そのため治療目標は、躁・うつの大きなエピソードを終わらせることから、残る症状を減らし、生活機能を回復し、本人が望む暮らしを取り戻すことへ広がっていきました。
- 落ち込みは軽くなったが、仕事や家事に戻れない
- 以前より眠れているが、日中の疲れや眠気が強い
- 「元気だった時期」が軽躁状態だったのか分からない
- 薬が、急性期の治療と再発予防のどちらを目的としているのか知りたい
- 治療効果を、どの症状や生活上の変化で判断するのか確認したい
9.まとめ――双極症の中心に「うつ」が見えてきた
- 躁状態は双極症を見つける重要な手がかりですが、病気の負担のすべてではありません。
- 双極Ⅱ型の概念は、軽躁状態とうつ状態を繰り返す人を、双極症の一つの病型として捉える道を開きました。
- 双極Ⅱ型は「軽い双極症」ではなく、うつ状態を中心に大きな負担をもたらすことがあります。
- 長期追跡研究により、双極Ⅰ型でもⅡ型でも、経過全体ではうつ症状が優勢であることが示されました。
- その後、双極性うつ病を直接対象とする薬の研究が増え、治療の選択肢が広がりました。
- ただし、双極Ⅱ型に特化した治療根拠は限られており、個別の経過を踏まえた判断が必要です。
双極症は「躁を抑える病気」だけではありません。 うつ状態や残る症状を減らし、生活を取り戻すことも、同じくらい重要な治療目標です。
参考文献・参考資料
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition (DSM-IV). 1994.
- Frances A, Jones KD. Bipolar disorder type II revisited. Bipolar Disord. 2012;14(5):474-477.
- Akiskal HS, Djenderedjian AM, Rosenthal RH, Khani MK. Cyclothymic disorder: validating criteria for inclusion in the bipolar affective group. Am J Psychiatry. 1977;134(11):1227-1233.
- Akiskal HS, Pinto O. The evolving bipolar spectrum: prototypes I, II, III, and IV. Psychiatr Clin North Am. 1999;22(3):517-534.
- Judd LL, et al. The long-term natural history of the weekly symptomatic status of bipolar I disorder. Arch Gen Psychiatry. 2002;59(6):530-537.
- Judd LL, et al. A prospective investigation of the natural history of the long-term weekly symptomatic status of bipolar II disorder. Arch Gen Psychiatry. 2003;60(3):261-269.
- Calabrese JR, et al. A double-blind placebo-controlled study of lamotrigine monotherapy in outpatients with bipolar I depression. J Clin Psychiatry. 1999;60(2):79-88.
- Young AH, et al. A double-blind, placebo-controlled study of quetiapine and lithium monotherapy in adults in the acute phase of bipolar depression (EMBOLDEN I). J Clin Psychiatry. 2010;71(2):150-162.
- Loebel A, et al. Lurasidone monotherapy in the treatment of bipolar I depression: a randomized, double-blind, placebo-controlled study. Am J Psychiatry. 2014;171(2):160-168.
- 日本うつ病学会 双極症委員会による診療ガイドライン・一般向け資料
- 加藤忠史.双極性障害――病態の理解から治療戦略まで 第3版.医学書院.
双極症の動画図書館シリーズについて
双極症の動画図書館シリーズは、YouTube動画とWeb解説コラムで構成しています。
- YouTube動画はテーマごとに要点を5分程度の短い動画でまとめています。
- Web解説コラムはYouTube動画と対応して、動画の解説、補足説明をしています。


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