双極症の動画図書館:不眠に悩んだ偉人たち

不眠に悩んだ偉人たち

不眠に悩んだ偉人たち

古代から現代まで 眠れない夜のエピソード

本稿は、コラム『眠れない夜を少し穏やかに』の補遺です。元のコラムでは、寝物語や音楽の逸話を入り口に、睡眠薬の歴史と役割をたどりました。必要な睡眠時間の個人差や、昼の活動も含めた一日の生活リズムに目を向け、眠れない夜を少し穏やかに過ごす工夫も紹介しました。

人類が長らく戦ってきた「不眠」。眠れない夜の記録は、どこまでさかのぼれるのでしょうか。ここでは古代の伝承や歴史上の人物の手紙、現代の著名人が語った体験を手がかりに、一人ひとりが眠れない夜をどう過ごしてきたのかをたどります。

古代

皇帝も英雄も眠れない夜を過ごした

眠れない夜の悩みは、古代の人々にも身近なものでした。神話や伝記、聖書に残る逸話から、皇帝や英雄たちの眠れない夜と、その過ごし方を紹介します。

アウグストゥス

古代ローマ/初代ローマ皇帝 | 在位:紀元前27年~紀元14年

内乱後のローマを治め、帝政の基礎を築いた人物です。

プリマ・ポルタのアウグストゥス像。撮影 Till Niermann。
プリマ・ポルタのアウグストゥス像 撮影 Till Niermann 画像出典 / CC BY-SA 3.0

眠れない夜には語り手を呼んで

広大な領土を治めた皇帝も、眠りを思いどおりにはできなかったようです。伝記によると、アウグストゥスは夜中に3~4回目を覚まし、再び眠れなくなることがありました。

そんなときは、朗読する人や物語を語る人を呼び、眠気が訪れるのを待ったといいます。暗い部屋で目を覚ましている間は、誰かにそばに座っていてもらったとも伝えられています。誰かの声を聞きながら眠りを待つという過ごし方は、今の私たちにも親しみを感じさせます。

資料について 伝記の記述。スエトニウス『ローマ皇帝伝』「アウグストゥス伝」第78節。[1]

アキレウス

古代ギリシアの神話/英雄 | 時代設定:トロイア戦争の伝説時代

登場作品:ホメロス『イリアス』。ギリシア側の勇士として描かれる、神話上の人物です。

アキレウスを描いた古代ギリシアの壺絵。ライデン国立古代博物館の所蔵品。
アキレウスを描いた古代ギリシアの壺絵 ライデン国立古代博物館の所蔵品 画像出典 / CC0 1.0

戦友を失った悲しみで眠れない英雄

『イリアス』第24歌の冒頭では、仲間たちが食事や眠りへ向かう一方、アキレウスは亡くなった戦友パトロクロスを思い、涙を流しています。ともに戦い、苦難をくぐり抜けた記憶が浮かび、眠りは訪れません。

横向きになったり、あおむけになったり、それでも落ち着かずに起き上がって海辺を歩く。英雄の眠れない夜は、大切な人を失った一人の人間の姿として描かれています。

資料について 神話・叙事詩の描写。ホメロス『イリアス』第24歌冒頭。[2]

ガヴィン・ハミルトン《パトロクロスの死を悼むアキレウス》。1760~1763年頃、叙事詩を題材にした絵画。
ガヴィン・ハミルトン《パトロクロスの死を悼むアキレウス》 1760~1763年頃、叙事詩を題材にした絵画 画像出典 / パブリックドメイン

アハシュエロス王

古代ペルシア/旧約聖書に登場する王 | 時代設定:紀元前5世紀のペルシア宮廷

登場作品:旧約聖書『エステル記』。クセルクセス1世と同一視されることがありますが、ここでは物語中の王として紹介します。

ティントレット《アハシュエロス王の前のエステル》。1548年、画像提供 1000Museums。
ティントレット《アハシュエロス王の前のエステル》 1548年、画像提供 1000Museums 画像出典 / CC BY-SA 4.0

眠れぬ夜の朗読が物語を動かす

『エステル記』第6章は、王が眠れない夜から始まります。王は宮廷の出来事を記した記録を持ってこさせ、それを読み聞かせるよう命じます。

朗読の途中で、かつてモルデカイという人物が王の暗殺計画を知らせたことが分かります。しかも、その功績にまだ褒賞が与えられていませんでした。眠るまでの時間を埋めるように始まった朗読が、思いがけず人の運命を変えるきっかけになるのです。

資料について 聖書の物語。『エステル記』第6章1~3節。眠れたかどうかの記述はありません。[3]

中世

物語と詩に残る眠れない人々

国を治める重圧、大切な人を失った悲しみ、戦乱や暮らしへの不安。中世に相当する時代の人々も、さまざまな思いを抱えて夜を過ごしました。伝記や詩、後世に語り継がれた物語から、その姿をたどります。

杜甫

中国 唐/詩人 | 活動年代:8世紀

代表作:『春望』『茅屋為秋風所破歌』。戦乱の時代を生き、人々の暮らしや苦しみを詩に残しました。「国破れて山河在り」は『春望』の書き出しです。戦乱で荒れた都と、変わらずそこにある山河を対照的に描いています。[17]

杜甫の肖像。後世に描かれた人物画。
杜甫の肖像 後世に描かれた人物画 画像出典 / パブリックドメイン

戦乱と雨漏りに眠りを妨げられて

「茅屋為秋風所破歌」では、秋の風が家の屋根を吹き飛ばし、続く雨で寝床までぬれてしまう夜が描かれます。古い布団は冷たく、家の中にも乾いた場所がありません。

そのなかで杜甫は、戦乱を経験してから眠りが少なくなったと詠みます。心に残る不安と、休む場所さえ十分に確保できない暮らし。眠りの悩みを、生活の厳しさとともに伝える一篇です。

資料について 本人の詩に残る表現。『茅屋為秋風所破歌』。現代の診断として不眠を確定するものではありません。[4]

玄宗

中国 唐/皇帝 | 在位:712~756年

関連作品:白居易『長恨歌』。楊貴妃との物語でも知られる唐の皇帝です。

唐の玄宗 李隆基の肖像。明代の作品。
唐の玄宗 李隆基の肖像 明代の作品 画像出典 / パブリックドメイン

楊貴妃を思い夜明けを待つ皇帝

『長恨歌』には、楊貴妃を失った玄宗が、宮殿の景色に彼女の面影を重ねる姿が描かれています。花や柳を見ても思い出がよみがえり、夜には、灯火をともし尽くしても眠れません。

時を告げる鐘や太鼓の音を聞きながら、長い夜が明けるのを待つ。豪華な宮殿も、大切な人を失った寂しさを埋めてはくれません。ここにあるのは、白居易が詩として描いた「眠れない皇帝」の姿です。

資料について 実在の人物を描いた文学作品。白居易『長恨歌』。玄宗本人の診療記録ではありません。[5]

ハールーン アッラシード

アッバース朝/カリフ イスラム世界の君主 | 在位:786~809年

関連作品:『千一夜物語』。バグダードの宮廷文化を象徴する人物として、多くの物語に登場します。

ハールーン・アッラシードの想像図。1961年刊の書籍より。
ハールーン・アッラシードの想像図 1961年刊の書籍より 画像出典 / パブリックドメイン

眠れぬ夜に舟遊びへ

『千一夜物語』の「ハールーン・アッラシードとオマーンの商人アブー・ハサン」では、眠れない君主が宰相ジャアファルを呼び、どうしたらこの落ち着かなさを和らげられるかと尋ねます。

宰相が提案したのは、ティグリス川へ舟遊びに出ることでした。まだ見ぬ景色や、聞いたことのないものに触れれば、気が晴れるかもしれない。商人の姿に着替えて出かけた一行は、美しい歌声を耳にします。眠れぬ夜が、新たな物語の入口になるのです。

資料について 実在の君主を主人公とする物語。『千一夜物語』バートン訳第946~947夜付近。[6]

ハールーン・アッラシードの治世に鋳造された金貨。800~801年、撮影 Classical Numismatic Group, Inc.。
ハールーン・アッラシードの治世に鋳造された金貨 800~801年、撮影 Classical Numismatic Group, Inc. 画像出典 / CC BY-SA 2.5

カール大帝

フランク王国/国王 皇帝 | 活動年代:8世紀後半~9世紀初頭

シャルルマーニュとも呼ばれます。フランク王国の基礎を築いたのは、5世紀末から6世紀初めにかけてフランク諸勢力をまとめ、ガリアに支配を広げたクローヴィス1世です。[18]

その後、カロリング朝のカール大帝は、北イタリアやザクセンに支配を広げ、800年にローマで皇帝の冠を受けました。大帝の死後、843年のヴェルダン条約で帝国は三分され、西フランクと東フランクは、のちのフランスとドイツの形成につながっていきます。[18、19]

デューラー《カール大帝》。1511~1513年頃の後世の肖像。
デューラー《カール大帝》 1511~1513年頃の後世の肖像 画像出典 / パブリックドメイン

夜中に何度も起きた大帝の睡眠習慣

アインハルトの伝記によると、カール大帝は夜のあいだに4~5回目を覚まし、起き上がる習慣がありました。一方、夏には昼食の後、服や靴を脱いで2~3時間休んでいたといいます。

この記述だけでは、本人が不眠に苦しんでいたかまでは分かりません。それでも、夜に続けて眠ることだけを前提にしない睡眠の姿が、身近に仕えた人物の伝記に残されている点は興味深いところです。

資料について 伝記に残る睡眠習慣。不眠の訴えや治療の記録とは区別します。アインハルト『カール大帝伝』第24章。[7]

ヘンリー4世

イングランド/国王 | 在位:1399~1413年

関連作品:シェイクスピア『ヘンリー四世 第二部』。反乱への対応などに追われた、中世末のイングランド王です。

写本に描かれたヘンリー4世。英国図書館の資料。
写本に描かれたヘンリー4世 英国図書館の資料 画像出典 / パブリックドメイン

王冠の重さが眠りを遠ざける

シェイクスピアの戯曲では、夜着姿の王が、国の行く末を案じながら眠れずにいます。貧しい臣民も、嵐の海にいる船乗りも眠っているのに、静かな宮殿の自分にはなぜ眠りが訪れないのか。王は眠りに向かって語りかけます。

高価な寝床や心地よい音楽を用意しても、心配事は消えない。王冠を戴く者の重荷を、眠れない夜に重ねた場面です。富や権力を持つ人も眠りには悩むという、印象的な描写になっています。

資料について 中世の実在の王を、近世の戯曲が描いたもの。『ヘンリー四世 第二部』第3幕第1場。[8]

近世

学問と音楽にまつわる眠れない夜

学問や文化が新たな広がりを見せた近世にも、眠りに悩む人々がいました。手紙や伝記に残るエピソードを通して、偉業の陰にある日々の悩みや、眠れない夜との付き合い方を紹介します。

アイザック ニュートン

イングランド イギリス/自然哲学者 数学者 | 活動年代:1660年代~1720年代

代表作:『プリンキピア』『光学』。運動の法則や万有引力、光の研究で知られます。

ゴドフリー・ネラーによるニュートンの肖像。1689年。
ゴドフリー・ネラーによるニュートンの肖像 1689年 画像出典 / パブリックドメイン

ニュートンといえば、木からリンゴが落ちるのを見て、なぜ真下に落ちるのかと考えたという逸話が有名です。友人のウィリアム・ステュークリーが、ニュートン本人から聞いた話を伝記に書き残しました。[20]

ニュートンゆかりのウールズソープ荘のリンゴの木。撮影 David Smith、2013年。
ニュートンゆかりのウールズソープ荘のリンゴの木 撮影 David Smith、2013年 画像出典 / CC BY-SA 2.0

リンゴの逸話と眠れなかった日々

ニュートンが1693年にジョン・ロックへ送った手紙には、ほとんど眠れない日が続いていたという訴えが残されています。本人は、冬に暖炉のそばで居眠りを繰り返したことや、その年の体調不良についても記しています。

眠れない状態が続いた時期の苦しさを、本人が身近な相手へ伝えた記録です。研究への没頭だけで説明したり、後世の私たちが原因や病名を一つに決めたりせず、まずはその訴えを読むことができます。

資料について 本人の書簡。1693年10月15日付ロック宛書簡を収録するニュートン伝、およびThe Newton Projectの年譜。[9]

カイザーリンク伯爵

カイザーリンク伯爵の肖像画
カイザーリンク伯爵の肖像 1753年、Michael Christoph Hagelgans作とされる肖像画 画像出典 / パブリックドメイン

ロシア帝国/外交官 ザクセン駐在 | 活動年代:18世紀前半~中頃

関連作品:バッハ『ゴールドベルク変奏曲』。ドレスデンの宮廷に駐在した外交官です。

バッハ《ゴールドベルク変奏曲》の初版表紙。伯爵の逸話に関連する楽譜。
バッハ《ゴールドベルク変奏曲》の初版表紙 伯爵の逸話に関連する楽譜 画像出典 / パブリックドメイン

眠れぬ夜を音楽で少し明るく

バッハの伝記作者フォルケルは、伯爵が病気がちで、眠れない夜を過ごしていたと伝えています。そばにいた鍵盤奏者ゴールドベルクは、そんな夜に演奏していたといいます。

伯爵が求めたとされるのは、眠れない時間に少し気持ちを明るくしてくれる、穏やかでいくらか快活な曲でした。「必ず眠らせてくれる音楽」ではなく、眠れない時間を支える音楽として読むと、身近に感じられる逸話です。

資料について 作品出版の約60年後に書かれた伝記の逸話。変奏曲の成立事情として確実に裏づけられているわけではありません。[10]

近代

作家たちは眠れない夜をどう過ごしたか

日記や随筆、手紙には、眠れない夜の思いが本人の言葉で残されています。近代の作家たちを中心に、不眠のつらさと、散歩や執筆をしながら夜を過ごした姿を紹介します。

チャールズ ディケンズ

イギリス/作家 | 活動年代:1830年代~1870年

代表作:『オリヴァー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『大いなる遺産』。

チャールズ・ディケンズ。撮影 ジェレマイア・ガーニー、1867~1868年頃。
チャールズ・ディケンズ 撮影 ジェレマイア・ガーニー、1867~1868年頃 画像出典 / パブリックドメイン

眠れぬ夜にロンドンを歩く

ディケンズの随筆「夜の散歩」は、つらい出来事の印象がもとで一時的に眠れなくなり、何晩も街を歩き回ったという記述から始まります。眠れない時間に彼が向かったのは、夜のロンドンでした。

街には、夜を働いて過ごす人も、安心して休める場所のない人もいます。自分の眠れない夜を歩くうちに、他の人々が過ごす夜も見えてくる。その観察が随筆になりました。散歩はここでは本人の過ごし方であり、不眠の治療法として一般化するものではありません。

資料について 本人の随筆。『The Uncommercial Traveller』所収「Night Walks」。[11]

ギュスターヴ・ドレの挿絵に見る19世紀のロンドンの夜。『London. A Pilgrimage』1872年、National Gallery of Art。
ギュスターヴ・ドレの挿絵に見る19世紀のロンドンの夜 『London. A Pilgrimage』1872年、National Gallery of Art 画像出典 / パブリックドメイン

夏目漱石

日本/作家 英文学者 | 作家としての活動年代:1900年代~1910年代

代表作:『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』。『坊っちゃん』の歯切れのよさや『吾輩は猫である』のユーモアからは、漱石が眠れない夜に苦しんだことは想像しにくいかもしれません。

夏目漱石。1912年の写真。
夏目漱石 1912年の写真 画像出典 / パブリックドメイン

漱石は帰国後、『文学論』の序でロンドン留学を「尤も不愉快の二年」と振り返り、大都会の中で感じた孤独をつづっています。留学時代の心細さを知ると、のちに療養先で夜明けを待ちわびたときの気持ちにも、少し近づけるように思います。[21]

夜が明けるのを待ちわびた療養の日々

大病の体験をつづった『思い出す事など』には、療養中の眠れない夜が記されています。ようやく寝ついても、中庭の池で鯉が跳ねる音で目を覚ましてしまう。漱石は何度も、空が白むのを待ちわびます。

寺の太鼓の音を聞きながら、まだ夜が続くのかと思い、看護婦が起きて雨戸を開けてくれるのを喜ぶ。昼間には気にならない音や時間の長さが、眠れない夜には大きく感じられる。その感覚が、細やかな文章で伝わってきます。

『こころ』では、寝入ったばかりの先生が名前を呼ばれて目を覚ますと、まだ灯りのともる隣室からKが声をかけています。療養中の漱石が書き残した夜を知って読むと、この場面の静けさに、ひとり目を覚ましている夜の心細さが重なるかもしれません。[22]

資料について 本人の療養体験を記した随筆。『思い出す事など』第22~23節。慢性的な不眠の診断とは区別します。[12]

フランツ カフカ

現在のチェコ プラハ出身/ドイツ語で執筆した作家 | 活動年代:1900年代~1920年代

代表作:『変身』『審判』『城』。生まれた当時のプラハはオーストリア=ハンガリー帝国に属していました。

フランツ・カフカ。1923~1924年頃の写真。
フランツ・カフカ 1923~1924年頃の写真 画像出典 / パブリックドメイン

静かな夜に書きたい思いと眠りへの不安

カフカの日記や手紙には、眠れないこと、物音が気になること、眠れなかった翌日にどうなるかという心配が繰り返し現れます。静かな環境を求めて夜に書き、午後に仮眠するという過ごし方もしていました。

後世の研究者は、夜の執筆や睡眠時刻の変化が、不眠を長引かせた可能性を指摘しています。創作の時間を確保したい思いと、眠りを失う苦しさが重なっていた姿が、残された記録からうかがえます。

『変身』は、グレゴールが不穏な夢から覚め、自分の体が虫に変わっていることに気づく場面から始まります。目を覚ましたはずなのに、日常は悪夢のように続いていく。カフカが日記や手紙に残した眠りへの不安を知ると、その不条理な作品世界に、眠りと目覚めのあいだの心もとなさを重ねて読みたくなります。[23]

資料について 日記・書簡を分析した研究に基づく紹介。本人を直接診察した診断ではありません。[13]

現代

眠りの悩みを語り助けを求める

現代の作家や俳優にも、眠りに悩んだ経験を持つ人がいます。残された記録や本人が明かした体験から、夢への関心、生活の工夫、専門家への相談など、それぞれが眠りとどう向き合ってきたのかを紹介します。

ウラジーミル ナボコフ

ロシア出身 アメリカに帰化 晩年はスイス在住/作家 | 活動年代:1920年代~1970年代

代表作:『ロリータ』『青白い炎』『アーダ』。ロシア語と英語で作品を残しました。代表作の一つ『ロリータ』は、「ロリータ・コンプレックス(ロリコン)」という言葉の由来になった小説でもあります。[24]

ウラジーミル・ナボコフ。1973年の写真。
ウラジーミル・ナボコフ 1973年の写真 画像出典 / パブリックドメイン

眠りに悩む作家が夢を書き留める

長年、不眠に悩んだと伝えられるナボコフは、1964年、夢を記録する試みを始めます。目を覚ますと、覚えている夢をすぐにカードへ書き留め、その後の出来事と見比べました。

その狙いは、夢と時間の関係についての仮説を確かめることでした。眠りの断片に観察の目を向けた作家の記録は、後に『Insomniac Dreams』としてまとめられています。不眠を治すための方法として行われた実験ではありません。

資料について 夢の記録と、その編集者による解説。記録に含まれる時間や予知夢についての仮説を、科学的に確立した説明として紹介するものではありません。[14]

ジェニファー アニストン

アメリカ/俳優 | 活動年代:1980年代末以降 特に1990年代から広く活躍

代表作:『フレンズ』『ザ・モーニングショー』。

ジェニファー・アニストン。撮影 Angela George、2012年。
ジェニファー・アニストン 撮影 Angela George、2012年 画像出典 / CC BY-SA 3.0

昼間の不調から眠りを見直す

アニストンは2022年のインタビューで、長年の眠りの悩みと、日中に頭がぼんやりすることや台詞を覚えにくくなることについて語っています。食事や運動を整えようとしても、うまくいかない。その背景に眠りの問題がありました。

医師への相談をきっかけに眠りの大切さを見直し、就寝前に画面を見るのをやめることや、ストレッチ、瞑想など、落ち着く時間を持つ工夫をしたといいます。夜の睡眠を、昼間の生活と結びつけて語った体験です。

資料について 不眠の啓発活動に伴う本人インタビュー。本人の経験を紹介するもので、各方法の効果を検証した研究ではありません。[15]

キム キャトラル

イギリス生まれ カナダ育ち/俳優 | 活動年代:1970年代以降

代表作:『セックス・アンド・ザ・シティ』『マネキン』。

キム・キャトラル。撮影 Canadian Film Centre、2012年。
キム・キャトラル 撮影 Canadian Film Centre、2012年 画像出典 / CC BY 2.0

眠りを取り戻すために生活を組み直す

キャトラルは、不眠への対処についてのインタビューで、認知行動療法を行う医師に出会ったことを話しています。認知行動療法は、考え方や行動の習慣を見直していく心理療法です。

彼女が語ったのは、日記をつけることや、寝室に電子機器を持ち込まないことなど、日々の習慣を変える取り組みでした。治療を「生活を変えること」と表現し、それには努力が必要だったと振り返っています。専門家とともに眠りに向き合った一人の体験です。

資料について 2016年の本人インタビュー。記載した工夫は本人の治療体験であり、読者への一律の処方ではありません。[16]

眠れない夜と創作

不眠は、ここに登場した人々の生活に負担をもたらしました。ディケンズは、眠れずに歩いたロンドンの街で、夜を過ごす人々の姿を随筆に残しました。漱石は、寝ついても鯉の跳ねる音で目が覚め、夜明けを待ちわびた時間を文章にしました。[11、12]

二人の作品を読むと、眠れない時間に見聞きしたことが、書く題材や、ものを見る角度を変えるきっかけになったのかもしれません。その夜をどう感じたかが言葉に残り、今の読者にも伝わってきます。

ダリが探った眠りの入り口

サルバドール・ダリの白黒の肖像写真
サルバドール・ダリ 1939年、撮影 Carl Van Vechten、米国議会図書館所蔵 画像出典 / 利用条件

画家のサルバドール・ダリは、眠りに落ちる一瞬に絵の発想を求めました。1948年の著書『50 Secrets of Magic Craftsmanship』で紹介したのは、椅子に腰かけ、皿の上に鍵をかざしたままうたた寝する方法です。眠りかけて手の力が抜けると、鍵が皿に落ち、その音で目を覚ます。ダリが着目したのは、その短いまどろみでした。[25]

2021年の実験では、休憩中に寝入りばなのごく浅い眠りに入った参加者は、起きたままだった参加者より、数の課題に隠された近道に気づきやすいという結果が出ました。実験が扱ったのは、数の課題でのひらめきです。眠りに入るほんの短い時間に、ダリが絵の発想を求めたことを思うと、眠りと創作のもう一つの関わり方が見えてきます。[26]

結語

いまは、不眠が続くときに選べる治療があります。睡眠にまつわる考え方や習慣を見直す認知行動療法や、症状や体調に応じて使う薬物療法です。[27]

それでも、眠れない夜は、やっぱりつらいですよね。時計を見るたびに朝が近づき、明日のことが気になって、夜がいっそう長く感じられる。そんな夜が続いて、昼間の生活にも響くようなら、ひとりで抱え込まず、主治医や医療機関に相談してみてください。

人物のエピソードから、眠りとの付き合い方や、心の健康についてもう少し考えてみたい方へ。ネット心理教育の関連コラムもご覧ください。

眠れない夜を少し穏やかに 睡眠薬の歴史から考える眠りとのつき合い方

人は昔から、眠るためにどんな工夫をしてきたのでしょうか。物語や音楽の逸話、睡眠薬の歴史をたどりながら、自分に合った眠りと、眠れない夜の過ごし方を考えます。

双極症を公表した著名人たち

双極症を公表した著名人を取り上げた、人物紹介の関連コラムです。

あの偉人はなぜ双極症だと言われているのか その理由

歴史上の人物について、なぜ双極症の可能性が語られているのでしょうか。伝記や手紙などをもとにした推測と、その背景を紹介します。

参考文献と資料

本文中の番号に対応しています。ウェブ資料の参照日:2026年11月3日。

  1. Suetonius. The Life of Augustus. Chapter 78. The Lives of the Caesars. LacusCurtius, University of Chicago. 資料を読む
  2. Homer. The Iliad. Book 24. Murray AT, translator. Theoi Classical Texts Library. 資料を読む
  3. United States Conference of Catholic Bishops. Esther. Chapter 6, verses 1–3. 資料を読む
  4. 杜甫.茅屋為秋風所破歌.全唐詩 巻219.維基文庫収録原文. 資料を読む
  5. 白居易.長恨歌.Wikisource収録原文. 資料を読む
  6. Burton RF, translator. The Book of the Thousand Nights and a Night. Harun Al-Rashid and Abu Hasan, the Merchant of Oman. Nights 946–947. 資料を読む
  7. Einhard. The Life of Charlemagne. Chapter 24. Columbia University掲載抜粋. 資料を読む
  8. Shakespeare W. Henry IV, Part 2. Act 3, Scene 1. The Complete Works of William Shakespeare, MIT. 資料を読む
  9. Brewster D. Memoirs of the Life, Writings, and Discoveries of Sir Isaac Newton. Vol 2, Chapter 17. 1855. The Newton Project, University of Oxford. 資料を読む
  10. Berliner Philharmoniker. The mysteries of the Goldberg Variations. フォルケルの1802年の伝記を引用・解説. 資料を読む
  11. Dickens C. Night Walks. The Uncommercial Traveller. 1860. Project Gutenberg収録本文. 資料を読む
  12. 夏目漱石.思い出す事など.第22~23節.青空文庫. 資料を読む
  13. Iranzo A, Stefani A, Högl B, Santamaria J; SINBAR. The insomnia of Franz Kafka. Sleep Med. 2018;50:24–28. doi:10.1016/j.sleep.2018.05.024. 資料を読む
  14. Nabokov V. Insomniac Dreams: Experiments with Time. Barabtarlo G, editor. Princeton University Press; 2018. Part 1公開抜粋. 資料を読む
  15. Healthline. Jennifer Aniston on Living with Insomnia and the Sleep Hacks That Help. 2022. 本人インタビュー. 資料を読む
  16. Culture Fix. Exclusive Interview: Kim Cattrall. 2016 Jun 19. 資料を読む
  17. 杜甫.春望.原文および書き下し文. 資料を読む
  18. The Metropolitan Museum of Art. France, 500–1000 A.D. フランク王国の成立とヴェルダン条約. 資料を読む
  19. The Metropolitan Museum of Art. Carolingian Art. カール大帝の治世と皇帝戴冠. 資料を読む
  20. The Royal Society. Newton’s apple tree. ステュークリーの伝記に残るリンゴの逸話. 資料を読む
  21. 夏目漱石.『文学論』序.青空文庫. 資料を読む
  22. 夏目漱石.こころ.下 先生と遺書.青空文庫. 資料を読む
  23. Kafka F. Die Verwandlung. 1915. 冒頭.Wikisource収録原文. 資料を読む
  24. 小学館.ロリータコンプレックス.デジタル大辞泉.コトバンク収録. 資料を読む
  25. Dalí S. 50 Secrets of Magic Craftsmanship. 1948. 鍵を使うまどろみの記述. 資料を読む
  26. Lacaux C, et al. Sleep onset is a creative sweet spot. Sci Adv. 2021;7(50):eabj5866. 資料を読む
  27. Riemann D, et al. The European Insomnia Guideline. J Sleep Res. 2023;32(6):e14035. 資料を読む

🎧 こちらの動画では、音声を中心としたラジオ形式です。画面を見なくても睡眠薬の歴史を理解できるように制作しています。

このコラム/動画は、一般的な医療情報を提供することを目的としています。特定の薬の服用を推奨したり、個別の治療方針を示したりするものではありません。 服用中の薬については、自己判断で増量・減量・中止せず、主治医や薬剤師にご相談ください。
視聴によってつらい気持ちになる場合は、無理に視聴を続けないでください。
【相談窓口】 厚生労働省「まもろうよ こころ」 https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
#いのちSOS 0120-061-338(無料・24時間365日)
薬を多く服用してしまった場合は、症状が軽くても速やかに救急医療機関へ相談してください。意識や呼吸に異常がある場合は119番へ連絡してください。

https://www.youtube.com/@shinrikyoiku

スタッフ

©NPO法人ネット心理教育ピアサポート

コラムの更新をメールで通知

メールアドレスを登録すれば、コラム更新をメールで受信できます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

さらにキーワードで検索したい方はこちら!