WHO「双極症の人は平均13年早く亡くなる」をどう読むか――「80歳-13年=67歳」ではありません

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 副理事長
認定専門公認心理師
社会福祉士
国際双極症学会 評議員
木野内南(布団ちゃん)

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長
薬剤師
藤田剛(窓師)
「13年」という数字を見て不安になるのは、決して考えすぎではありません。WHOという公的機関が示した具体的な数字を、自分の寿命と結びつけて考えるのは自然なことです。
これまで「海外の報告だから、あまり気にしなくてよい」と説明されても、なぜそう言えるのかが分からず、不安が残った方もいるでしょう。
本記事では、安心を求めるのではなく、この数字が何を意味し、何を意味しないのかを、元の研究と生命表の考え方から一つずつ確認します。
WHO(世界保健機関)のウェブサイトには、「双極症のある人は、一般人口より平均して13年早く亡くなる」と記載されています。 公的機関であるWHOが示した数字だけに、「自分も13年早く亡くなるのではないか」と不安になる方もいるでしょう。
なぜ「13年」という数字は強い不安を生むのでしょうか
この情報が不安を引き起こしやすい背景には、少なくとも三つの理由があります。
-
WHOという公的機関が公表している
個人の体験談やインターネット上のうわさではなく、世界的な保健機関が示しているため、数字が「確定した自分の未来」のように感じられやすくなります。 -
WHOが誰に、何を求めている情報なのかが見えにくい
数字だけを読むと、当事者に対する余命の告知のように見えます。しかし、WHO関連文書の中心的な目的は、医療・保健政策や支援体制の改善です。 -
平均寿命と、現在の年齢からの平均余命が混同されやすい
「日本人の平均寿命が80歳くらいなら、80-13=67歳」と、直感的に計算してしまいがちです。しかし、この計算は正しくありません。
WHOは、誰に対して何を呼びかけているのでしょうか
WHOの双極症ファクトシートは一般に公開されており、当事者や家族も読むことができます。 ただし、「13年」という数字が置かれている文脈を見ると、それは個人の死亡年齢を知らせるためのものではありません。
WHOは、双極症のある人では、喫煙、飲酒、心血管疾患や呼吸器疾患などの身体疾患、医療へのアクセスの困難が多いことを説明し、その後に「平均13年早く亡くなる」と記載しています。 さらに、適切な治療と支援によって回復は可能であり、意味のある生活を送れることも明記しています。
WHOの関連する政策文書では、早すぎる死亡を減らすために行動する対象として、次の人々が具体的に挙げられています。
| 対象 | WHOが求めている主な行動 |
|---|---|
| 政策担当者・行政 | 精神疾患のある人にも、身体医療や予防医療が公平に届く制度を整える |
| 医療・保健サービスの管理者 | 精神科と内科の連携、健診、検査、紹介体制を改善する |
| 医療従事者 | 身体疾患の早期発見、薬の副作用のモニタリング、自殺リスクへの対応を行う |
| NPO・支援団体 | 情報提供、支援への橋渡し、偏見や医療格差の改善に取り組む |
| 当事者・家族 | 身体の健康も含めて相談し、必要な医療や支援につながる |
つまり、WHOの主なメッセージは「あなたは13年早く亡くなります」ではありません。
「防ぐことのできる早すぎる死亡が生じている。医療、福祉、政策、地域社会は、この格差を減らすために行動すべきである」という警告です。
「13年」のもとになった調査は何を調べたのでしょうか
WHOが引用しているのは、2022年に医学誌 The British Journal of Psychiatry に掲載された、Chanらによる系統的レビュー・メタ解析です。 系統的レビュー・メタ解析とは、一定の基準で複数の研究を集め、全体としてどのような傾向があるかを統計的にまとめる研究方法です。
| 研究方法 | 系統的レビュー・メタ解析 |
|---|---|
| 含まれた研究 | 13研究 |
| 解析対象 | 平均寿命の解析96,601人、潜在的損失生存年数の解析128,989人 |
| 含まれた地域 | 欧州、北米、アジア、アフリカの8か国 |
| 日本のデータ | 含まれていません |
| 主な結果 | 一般人口と比べた潜在的損失生存年数の加重平均は12.89年 |
この研究の「約13年」は、主としてYPLL(Years of Potential Life Lost:潜在的損失生存年数)という指標です。 若い年齢で亡くなるほど、失われた年数が大きく計上されるため、若年期の自殺や事故などの影響を強く受けます。
また、研究ごとに国、医療制度、調査年代、対象者、計算方法が異なっていました。 平均寿命の推計には非常に大きなばらつきがあり、著者らも、社会経済状況、服薬、生活習慣などの影響を十分に分けて評価できなかったと述べています。
最も大切なポイント――「80-13=67歳」ではありません
なぜなら、「日本の一般人口の平均寿命」と「複数国の双極症集団で推計された損失年数」は、単純な引き算をして個人の死亡年齢を出せる数字ではないからです。
そもそも、日本の平均寿命は一つの「日本人の死亡予定年齢」ではありません。 厚生労働省の生命表では、平均寿命は0歳の平均余命と定義されています。 2024年の日本の平均寿命は男性81.09年、女性87.13年でした。
生命保険でも使われる「生命表」で考える
この違いは、生命保険の設計や保険数理でも利用される「生命表」の考え方を使うと理解しやすくなります。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 平均寿命 | 0歳の人が、その時点の年齢別死亡率が続くと仮定した場合に、平均してあと何年生きるか |
| 平均余命 | すでにある年齢まで生きた人が、その年齢から平均してあと何年生きるか |
例えば2024年の生命表では、男性の平均寿命は81.09年です。 しかし、60歳男性の平均余命は「81.09-60=21.09年」ではなく、23.63年です。 女性も、平均寿命87.13年から60歳を引いた27.13年ではなく、60歳時点の平均余命は28.92年です。
これは、60歳まで生きた人は、0歳から59歳までに生じる死亡をすでに通過しているからです。 現在の年齢まで生きたことを条件として、残りの年数を改めて計算する必要があります。
平均寿命は「何歳で亡くなるかを示す締め切り」ではありません。
まして、ある集団の寿命差を現在の自分の年齢に一律に足したり引いたりして、死亡年齢を計算することはできません。
注意: この生命表の例は、「平均寿命と平均余命は違う」ことを説明するためのものです。 現在の日本の双極症当事者について、年齢別・治療状況別の正確な平均余命表が存在するという意味ではありません。
すでに中高年まで生きている人は、どう受け止めればよいのでしょうか
WHOの数字を見て、50代、60代、70代の人が「今からさらに13年短くなる」と考える必要はありません。
元研究に含まれる損失年数には、若年期や病気の早い段階で亡くなった人の影響も含まれています。 すでにその年代まで生きてきた人に、過去の若年死亡のリスクを、これからの余命としてもう一度加えることはできません。
実際に元研究では、寿命を計算する起点が出生時の場合、潜在的損失生存年数は16.88年でしたが、15歳または20歳を起点とした場合は12.25年でした。 著者らも、計算の開始年齢が高くなるほど寿命差が小さくなることや、発症年齢などを考慮した別の指標が必要であることを指摘しています。
ただし、「一定の年齢まで生きたので、双極症に関連する健康リスクはすべてなくなった」という意味でもありません。 若い時期には自殺や事故への対策が特に重要であり、年齢を重ねるにつれて、心血管疾患、糖尿病、呼吸器疾患、腎機能などの身体管理の重要性が高まります。
中高年の方にとって適切な受け止め方は、次のようなものです。
「13年」は、今の自分の残り時間を示す数字ではない。
今後については、現在の年齢、身体疾患、喫煙や飲酒、治療状況、生活環境などを踏まえ、必要な予防と治療を考える。
この報告から言えること・言えないこと
| 報告から言えること | 報告だけでは言えないこと |
|---|---|
| 双極症のある集団では、一般人口より早すぎる死亡が多い | 特定の人が何歳で亡くなるか |
| 自殺や事故だけでなく、身体疾患も重要である | 日本の双極症当事者も一律に13年短いということ |
| 精神科と身体科を分けずに健康管理する必要がある | 現在の平均余命から13年を引けるということ |
| 医療アクセスや健康格差を改善する必要がある | 双極症そのもの、薬、生活習慣のどれか一つが13年の原因だということ |
| 自殺予防と身体疾患の予防を同時に進める必要がある | 治療しても寿命差を変えられないということ |
よくある誤解
| よくある受け止め方 | より正確な理解 |
|---|---|
| 「日本人の平均寿命80歳から13を引くと、私は67歳で亡くなる」 | 平均寿命と集団の損失年数を使って、個人の死亡年齢を計算することはできません |
| 「WHOが発表したので、自分の寿命も確定している」 | WHOは集団の健康格差を示しており、個人の余命を判定しているわけではありません |
| 「寿命が短い原因は自殺だけである」 | 元研究では、自然死と非自然死の双方が損失年数に大きく関係していました |
| 「本人の生活習慣が悪いからである」 | 症状、身体疾患、薬の副作用、貧困、偏見、医療へのアクセスなどが複雑に関係します |
| 「中高年まで生きれば、もう何も注意しなくてよい」 | 13年をそのまま当てはめる必要はありませんが、年代に応じた身体管理は引き続き重要です |
| 「不安なので薬をやめた方がよい」 | 自己判断による中断は再発や事故、自殺の危険を高めることがあります。副作用は主治医や薬剤師に相談します |
この数字を、何のために使うべきでしょうか
「13年」という数字は、当事者に絶望を与えたり、自己管理を責めたりするための数字ではありません。 防ぐことのできる死亡を減らすために、見落とされてきた課題を可視化する数字です。
当事者・家族にとって
- 自己判断で通院や服薬を中断しない
- 希死念慮や衝動性が強まったときは早めに助けを求める
- 血圧、体重、血糖、脂質、肝機能、腎機能などを必要に応じて確認する
- 健康診断、がん検診、歯科受診などを後回しにしない
- 身体症状を「精神的なものだろう」と決めつけない
- 生活習慣の問題を、意志の弱さとして一人で抱え込まない
医療者・医療機関にとって
- 精神症状だけでなく、身体疾患を継続的に評価する
- 薬による体重、血糖、脂質、腎機能などへの影響を適切にモニタリングする
- 精神科と内科の間で情報を共有し、紹介しやすい体制をつくる
- 自殺リスクを定期的に評価し、早期に支援する
- 身体症状を精神疾患のためだと安易に判断しない
社会・制度にとって
- 精神疾患のある人が身体医療を受けにくい格差を減らす
- 経済的困難や孤立によって治療が途切れない支援を整える
- 偏見や差別による受診の遅れを減らす
- 当事者を含めて、医療や支援の仕組みを改善する
まとめ――WHOの数字は「余命宣告」ではなく「健康格差への警告」です
WHOが紹介した「平均13年早く亡くなる」という数字は、軽視してよいものではありません。 双極症のある人の間に、防ぐことのできる早すぎる死亡が生じていることを示しています。
しかし、この数字を個人の死亡年齢に読み替えることも適切ではありません。
WHOの情報から受け取るべきメッセージは、 「あなたの寿命は決まっている」ではなく、 「自殺や身体疾患による防ぐことのできる死亡を減らすために、本人、医療、社会が一緒に取り組む必要がある」 ということです。
この記事を読んで不安が強くなった方へ
寿命や自殺に関する情報は、体調によって強い不安を引き起こすことがあります。
「死にたい」「生きていても仕方がない」という気持ちが強くなったときは、一人で結論を出さず、
主治医、医療機関、家族、信頼できる人に早めに伝えてください。
差し迫った危険がある場合は、予約日を待たずに救急受診を含む緊急の支援を求めてください。
参考資料
- World Health Organization. Bipolar disorder. Fact sheet . Updated 8 September 2025.
- Chan JKN, Tong CHY, Wong CSM, Chen EYH, Chang WC. Life expectancy and years of potential life lost in bipolar disorder: systematic review and meta-analysis . British Journal of Psychiatry. 2022;221(3):567–576.
- World Health Organization. Helping people with severe mental disorders live longer and healthier lives . Policy brief. 2017.
- World Health Organization. Management of physical health conditions in adults with severe mental disorders . WHO Guidelines. 2018.
- 厚生労働省. 令和6(2024)年簡易生命表の概況 .
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の余命を推定するものではありません。 治療、検査、服薬については、主治医や薬剤師などの医療専門職にご相談ください。
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