双極症の治療はどう進化してきたのか? 第4回 「双極症に効く薬」から「どの病相に効く薬か」へーー躁・うつ・再発予防を分けて考える

シリーズ構成
本シリーズ「双極症の治療はどう進化してきたのか?」は、以下の全6回で構成しています。

日本うつ病学会診療ガイドライン双極性障害(双極症)2023による双極症の治療に使われる薬剤を表にしました。この表の読み方、この表にある薬剤がどのように発見、有用性が確認されていったのかについての歴史を解説します。

「双極症に効く薬」から「どの病相に効く薬か」へ ――躁・うつ・混合性・再発予防を分けて考える
治療薬が少ない時代には、リチウムのように「双極症にはこの薬」という考え方でも、ある程度は対応できました。 しかし、双極症について分かることが増えるにつれて、そう単純ではないことが明らかになります。 躁状態、うつ状態、混合性、そして再発予防。同じ双極症でも、いま何を治療しようとしているのかによって、薬に求められる働きは違います。
この記事の要点
- 「双極症に効く」という言葉だけでは、どの時期・どの症状への効果か分かりません。
- 薬の効果は、急性躁病(双極症の躁状態が急激に進行した状態)、双極性うつ病(双極症の抑うつ状態)、維持療法(再発予防)などに分けて確かめられます。
- 同じ薬でも、得意とする病相と十分な根拠がない病相があります。
- 薬の分類や作用機序が同じでも、臨床効果まで同じとは限りません。
- 処方は薬名だけでなく、「何を目標に、いつまで使うのか」を主治医と共有することが大切です。
1.一つの病名の中に、異なる治療場面がある
双極症は、一つの状態がずっと続く病気ではありません。 躁状態や軽躁状態、抑うつ状態、症状が入り混じる状態、比較的安定した時期があり、時間とともに変化します。
そのため、「この薬は双極症に効きますか」という質問には、本来もう一つ確認が必要です。 「いまの症状を改善するためか、それとも次の再発を防ぐためか」という確認です。
2.薬効を「病相」と「時期」に分ける
第2回では、気分安定薬に期待される働きを「躁状態/抑うつ状態」と「急性期治療/維持療法(再発予防)」で整理する2×2の考え方を紹介しました。 第4回では、それを実際の治療場面から見直します。
| 治療場面 | 主な目標 | 確認したいこと |
|---|---|---|
| 急性躁病(躁状態急性期) | 高揚、興奮、不眠、衝動性などを改善する | 躁症状全体への有効性、効果が現れる時期 |
| 双極性うつ病(双極症の抑うつ状態) | 抑うつ、意欲低下、希死念慮などを改善する | うつへの有効性、躁転への注意、生活機能 |
| 混合性を伴う状態 | 抑うつと活動性・焦燥などが同時にある状態を整える | どの症状が組み合わさっているか、臨床試験の対象と合うか |
| 維持療法・再発予防 | 躁・うつの再発を防ぎ、安定した生活を支える | 躁の予防とうつの予防のどちらが示されているか |
3.治療薬の歴史は、役割を分ける歴史でもあった
この変化を支えたのが、治療目的ごとに行われる臨床試験です。 ある薬が急性躁病期を対象とした試験で有効でも、それだけで双極症の抑うつ状態や長期の再発予防にも有効だとは言えません。 それぞれについて、別の研究が必要です。
4.同じ「気分安定薬」でも、得意分野は同じではない
「気分安定薬」は便利な呼び名ですが、ひとまとまりの均一な薬ではありません。 リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンは、薬理学的な分類も、蓄積している臨床成績も異なります。
| 薬剤・薬剤群 | 歴史的に明確になった主な役割 | 病相別に理解する要点 |
|---|---|---|
| リチウム | 急性躁病と維持療法を中心に、長い臨床経験と研究が蓄積 | 急性期の効果と、躁・うつの再発予防の効果を分けて確認する |
| バルプロ酸 | 急性躁病を中心に発展し、維持療法でも用いられる | 急性躁病の臨床成績と維持療法の臨床成績を分けて確認する |
| カルバマゼピン | 急性躁病などで研究され、選択肢の一つになった | ほかの抗てんかん薬と一括りにせず、この薬自体の臨床成績を見る |
| ラモトリギン | とくに抑うつエピソードの再発予防という役割が明確になった | 急性躁病の治療薬ではなく、主な根拠がどの治療時期にあるかを区別する |
| 第2世代(非定型)抗精神病薬 | 急性躁病に加え、一部の薬は双極性うつ病や維持療法でも有効性が示された | 薬ごとに根拠と承認された効能が異なり、薬剤群全体を一括りにはできない |
この表は薬の優劣表ではありません。実際の選択では、現在の病相、治療の目的、これまでの経過や反応、本人の希望などを組み合わせて考えます。 また、承認された効能・効果は国や時期によって異なります。
5.「抗精神病薬」という名前だけで、役割を決めない
「抗精神病薬」と聞くと、「幻覚や妄想がある人だけに使う薬」「統合失調症の薬」と受け取られることがあります。 しかし現在の双極症診療では、精神病症状の有無とは別に、一部の抗精神病薬が躁状態、双極性うつ状態、再発予防に用いられます。 これは「双極症が精神病だから」ではなく、それぞれの病相を対象にした臨床試験で効果が検討されてきたためです。
とくに第2世代(非定型)抗精神病薬の登場後、抗精神病薬の役割は広がりました。 ただし、「第2世代」という薬剤群全体が、躁・うつ・再発予防のすべてに同じように効くわけではありません。 受容体への結合の特徴が似ていても、薬ごと、病相ごとに臨床成績を確認する必要があります。
ガイドラインの薬剤一覧は、横ではなく「縦」に読む
別掲の「双極症の治療に使われる薬剤一覧」には、同じ薬についても、躁状態、抑うつ状態、再発予防が別々の欄に示されています。 まず現在の治療目標の列を選び、その列の中で各薬の根拠と国内承認を確認すると、薬剤群の名前に引きずられずに読めます。
| 治療場面 | 抗精神病薬を見るときの要点 |
|---|---|
| 躁状態 | 複数の抗精神病薬に臨床成績があり、単剤療法と気分安定薬との併用療法が、それぞれ研究されている |
| 抑うつ状態 | 有効性が示され、国内で承認されているのは一部の薬に限られる。日本ではオランザピン、クエチアピン徐放製剤、ルラシドンが承認されている |
| 再発予防・維持期 | 急性期に効いたことだけで長期効果を決めず、再発予防を直接検討した研究があるかを確認する |
「適応外」と「効果がない」は同じではない
ガイドラインでは、研究上の根拠がある一方、日本の添付文書ではその病相に承認されていない使用法が「適応外」と明記されることがあります。 適応外であることは、ただちに「効果がない」ことを意味しません。反対に、承認があることも「すべての人に最適」であることを意味しません。 ガイドラインへの掲載、国内承認、目の前の人にとっての適否は、分けて考える必要があります。
6.「抗てんかん薬だから効く」わけではない
バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンは、もともとてんかんの治療薬として開発・使用されました。 しかし、抗てんかん薬という分類に入る薬が、すべて双極症に有効なわけではありません。 また、この3剤の双極症における得意分野も同じではありません。
ここから分かるのは、薬の分類や試験管内で観察される作用から、患者さんに現れる効果をそのまま予測することはできないということです。 臨床で本当に役立つかどうかは、対象となる病相ごとの臨床試験と、長期の使用経験で確かめる必要があります。
7.新しい薬と古い薬では、情報の蓄積の仕方が違う
新しい薬は、受容体への結合や細胞レベルの作用など、開発時のデータが詳しく示される傾向があります。 一方、リチウムのような古い薬では、作用機序の全体像がまだ解明されていなくても、多数の臨床試験と長年の診療経験が効果を支えています。
「仕組みが詳しく説明できる薬ほど、臨床的によく効く」とは限りません。 反対に、「仕組みが完全には分からないから、効果も不確か」ということでもありません。 作用機序の研究と、患者さんを対象とした臨床成績は、どちらも大切ですが役割が違います。
8.処方を理解するための4つの質問
診察や服薬指導では、次のように尋ねると、薬の目的を整理しやすくなります。
- この薬は、いまのどの症状を治療するためですか。
- すぐに現れる効果と、長く続けて期待する効果は何ですか。
- 期待する効果と副作用のバランスを、どのように考えますか。
- 効果を、いつ、どのように評価しますか。
9.まとめ――「病名」ではなく「治療目標」と薬を結ぶ
- 双極症の薬効は、躁、うつ、混合性、再発予防などの治療場面ごとに考えます。
- 一つの場面で有効なことは、別の場面でも有効であることを自動的には意味しません。
- 同じ気分安定薬、抗てんかん薬、第2世代(非定型)抗精神病薬という分類でも、各薬の臨床成績は異なります。
- 「抗精神病薬」という名称は用途のすべてを表しません。躁、うつ、再発予防の各欄を分けて確認します。
- 薬の作用機序と、患者さんで確認された臨床効果は分けて理解します。
- どの薬も、期待する効果と副作用の釣り合いを考えます。その現れ方と重要性は人によって異なります。
- 古い薬と新しい薬の違いは、情報の蓄積の仕方の違いであり、それ自体が優劣を意味するわけではありません。
- 処方の目的と評価時期を、主治医・薬剤師と共有することが大切です。
急な中止や減量により、再発や症状の悪化につながることがあります。 強い不眠、著しい活動性の増加、強い焦燥や希死念慮、自分や他人を傷つけるおそれがある場合は、次の予約を待たず医療機関や地域の相談窓口へ連絡してください。
参考文献・参考資料
- Cade JFJ. Lithium salts in the treatment of psychotic excitement. Med J Aust. 1949;2:349–352.
- Baastrup PC, Schou M. Lithium as a prophylactic agent: its effect against recurrent depressions and manic-depressive psychosis. Arch Gen Psychiatry. 1967;16(2):162–172.
- Bowden CL, et al. Efficacy of divalproex vs lithium and placebo in the treatment of mania. JAMA. 1994;271(12):918–924.
- Calabrese JR, et al. A double-blind placebo-controlled study of lamotrigine monotherapy in outpatients with bipolar I depression. J Clin Psychiatry. 1999;60(2):79–88.
- Calabrese JR, et al. A placebo-controlled 18-month trial of lamotrigine and lithium maintenance treatment in recently depressed patients with bipolar I disorder. J Clin Psychiatry. 2003;64(9):1013–1024.
- Loebel A, et al. Lurasidone monotherapy in the treatment of bipolar I depression. Am J Psychiatry. 2014;171(2):160–168.
- Yatham LN, et al. CANMAT and ISBD 2018 guidelines for the management of patients with bipolar disorder. Bipolar Disord. 2018;20(2):97–170.
- 日本うつ病学会.日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023.
- NPO法人ネット心理教育ピアサポート.診療ガイドラインって何? 日本うつ病学会「双極性障害(双極症)2023」を一般の方向けに読み解く.
- NPO法人ネット心理教育ピアサポート.ガイドラインに基づく双極症で使われる薬剤.
- 加藤忠史.双極性障害――病態の理解から治療戦略まで 第3版.医学書院.
付表

双極症の動画図書館シリーズについて
双極症の動画図書館シリーズは、YouTube動画とWeb解説コラムで構成しています。
- YouTube動画はテーマごとに要点を5分程度の短い動画でまとめています。
- Web解説コラムはYouTube動画と対応して、動画の解説、補足説明をしています。


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