双極症の治療薬①(総論)――薬とうまく付き合うことが、治療の大切な一歩です

双極症の治療薬①(総論)―薬とうまく付き合うために

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長
薬剤師
藤田剛(窓師)
最初に覚えておいてほしいこと
症状が落ち着いたと感じても、薬を自己判断で減らしたり、中止したりしないでください。 薬を変えたい、副作用がつらい、飲み続けることに迷いがあるときは、主治医や薬剤師に相談しましょう。
双極症の薬は、病気のために人生を制限するものではありません。むしろ、あなたが自分らしい生活を取り戻し、それを長く続けるための大切な支えです。病気について学び、薬について理解することは、治療を医療者任せにするのではなく、自分自身も治療のパートナーになるための第一歩です。このシリーズが、その一歩のお役に立てれば幸いです。
双極症の薬物療法は、今ある躁やうつの症状を和らげると同時に、再発を防ぎ、自分らしい生活を続けやすくするための治療です。
薬を知ることは、自分の病気を知ること
双極症の治療では、多くの方が薬物療法を受けます。しかし、
- 「この薬は何のために飲んでいるのだろう?」
- 「薬が増えてきたけれど大丈夫なのかな?」
- 「副作用はどこまで我慢すればいいの?」
- 「調子が良くなったらやめてもいいのでは?」
そんな疑問や不安を感じたことはありませんか。実は、こうした疑問を持つことは、とても自然なことです。
一方で、双極症は再発しやすい病気でもあります。そのため、薬を自己判断で減らしたり中止したりすることで、せっかく安定していた状態が崩れてしまうことがあります。
だからこそ大切なのは、「ただ薬を飲む」のではなく、「なぜこの薬を飲んでいるのか」を理解することです。
このシリーズの目的
このシリーズでは、
- 双極症の薬物療法の基本的な考え方
- 気分安定薬や抗精神病薬など、それぞれの役割
- ガイドラインとは何か
- 副作用との付き合い方
- 薬を変更するときの考え方
- よくある疑問への答え
などを、できるだけ専門用語を使わずに解説していきます。
薬の名前を全部覚える必要はありません。
自分が飲んでいる薬は、どのような役割を持っているのか
まず、ここから出発してください。今飲んでいる薬はどのような役割を持っているのかを理解できるようになることが、このシリーズの目的です。
双極症と診断されると、多くの方が薬物療法を始めます。
一方で、次のような疑問や不安を感じることがあります。
- 薬はずっと飲み続けなければならないの?
- 薬が何種類もあるけれど、大丈夫?
- 副作用が心配
- 本当に効いているのか分からない
- 新しい薬のほうが良いのでは?
こうした疑問を持つことは、決しておかしなことではありません。 むしろ、治療について知り、納得しながら続けるための大切な出発点です。
このコラムでは、個々の薬の詳しい説明に入る前に、 双極症の薬をどのように理解し、どのように付き合っていけばよいのかを説明します。
コラム「双極症の治療薬」シリーズの構成
- 総論:「双極症の薬ってどんなもの?」(今回)
- 気分安定薬編(リチウム・ラモトリギン・バルプロ酸など)
- 抗精神病薬編(ラツーダ・ビプレッソ・ジプレキサなど)
- 副作用・血液検査・妊娠・薬のやめ方Q&A
1.双極症の治療の目的
双極症の治療には、大きく分けて3つの目的があります。
- 今の症状を改善する 躁状態、軽躁状態、うつ状態などを改善し、本人の苦痛や生活への影響を軽くします。
- 再発を防ぐ 症状が落ち着いた後も、再び躁状態やうつ状態になることをできるだけ防ぎます。
- 自分らしい生活を守る 仕事、学業、家庭、趣味、人間関係などをできるだけ安定して続けられることを目指します。
治療の最終目標は、「症状を無くすこと」ではありません。 薬は、安定した状態を長く保ち、再発を予防するために使う一つの手段です。
2.双極症の薬は「気分をなくす薬」ではありません
「薬を飲むと、感情がなくなるのではないか」 「自分らしさまで失われるのではないか」 と心配する方もいます。
しかし、双極症の治療薬は、本来の感情を消すことを目的とした薬ではありません。 病気によって大きくなりすぎた気分や活動性の波を調整し、 その人本来の状態を保ちやすくすることを目指します。
薬で「自分を変える」のではなく、病気による大きな波から「自分の生活を守る」と考えると、理解しやすいかもしれません。
ただし、眠気、だるさ、集中しにくさ、感情が平らになったような感じなどが強い場合は、 薬の量や種類が合っているかを見直せることがあります。 我慢し続けず、主治医に具体的に伝えることが大切です。
3.双極症では、どのような薬を使うのでしょうか

双極症で用いられる薬には、いくつかの種類があります。
| 薬の種類 | 主な役割 |
|---|---|
| 気分安定薬 | 躁状態やうつ状態の治療、再発予防などに用いられます。双極症治療の中心となる薬です。 |
| 抗精神病薬 | 躁状態の改善に加え、一部の薬は双極性うつ病や再発予防にも用いられます。 |
| 睡眠薬 | 不眠を改善し、生活リズムを整えるために使われます。 |
| 抗不安薬 | 強い不安や緊張、不眠などに対して、必要な期間に使用されることがあります。 |
| 抗うつ薬 | 双極症では慎重な判断が必要です。一般に、抗うつ薬だけで治療することは避けられます。 |
| 副作用を和らげる薬 | 便秘、吐き気、ふるえなど、治療薬による副作用を軽くする目的で使われます。 |
この中で治療の中心となるのは、一般に気分安定薬と抗精神病薬です。 ただし、どの薬を使うかは、躁状態、うつ状態、維持期のどの段階にあるかによって異なります。
用語の補足:
「維持期」とは、躁状態やうつ状態が改善した後、安定した状態を保ち、再発を防いでいく時期です。
4.躁状態・うつ状態・維持期で、薬の役割は変わります
躁状態・軽躁状態の治療
躁状態では、興奮、活動性の高まり、睡眠時間の減少、考えのまとまりにくさ、危険な行動などを早めに改善する必要があります。 気分安定薬や抗精神病薬が用いられ、症状が強い場合には複数の薬を組み合わせることもあります。
双極性うつ病の治療
双極症のうつ状態は、一般的なうつ病と同じ治療になるとは限りません。 気分安定薬や、双極性うつ病に有効性が示されている抗精神病薬などが選択されます。
抗うつ薬については、躁転(うつ状態から躁・軽躁状態へ変化すること)や、 気分の波を不安定にする可能性があるため、単独での使用は一般に避けられ、慎重に判断されます。
維持期の治療
症状が落ち着いた後は、再発予防が治療の中心になります。 急性期に効果があった薬をすぐに中止せず、その後も継続することがあります。
5.診療ガイドラインとは何でしょうか
医療では、研究結果や専門家の検討をもとにまとめられた 診療ガイドラインが用いられます。
ガイドラインは、現時点で標準的と考えられる診断や治療の選択肢を整理したものです。 医師が治療を考える際の「出発点」や「道しるべ」といえます。
ただし、ガイドラインは、すべての人に同じ薬を使うための絶対的な規則ではありません。
- 現在の症状と重症度
- 双極Ⅰ型か双極Ⅱ型か
- 過去に効果があった薬
- 副作用の出方
- 年齢や身体の病気
- 妊娠・授乳の可能性
- 併用している薬
- 本人の希望や生活状況
これらを考慮しながら、一人ひとりの治療が組み立てられます。 そのため、現在の処方がガイドラインの一覧と完全に一致しなくても、 ただちに「間違った治療」ということにはなりません。
保険適用と適応外使用について
医学的な根拠やガイドライン上の推奨があっても、日本の添付文書上では双極症への適応が認められていない使い方があります。 これを「適応外使用」といいます。適応外使用だから直ちに不適切という意味ではありませんが、 使用理由、期待される効果、注意点について主治医に確認してよい事項です。
6.「どの薬が一番良いか」ではなく、「自分に合うか」が大切です
同じ双極症という診断でも、症状や経過は一人ひとり異なります。 そのため、同じ薬を使っても、効果や副作用の現れ方は同じではありません。
- ある人にはよく効くが、別の人には十分な効果が得られない
- 少ない量で効果が出る人もいれば、調整が必要な人もいる
- 副作用がほとんどない人もいれば、強く出る人もいる
双極症の薬物療法では、最初から一度で最適な薬が決まるとは限りません。 経過を見ながら、効果と副作用のバランスを確認し、少しずつ調整していきます。
これは「治療が失敗している」ということではなく、 自分に合う治療を探すための通常の過程です。
7.症状が良くなっても、薬を続けるのはなぜでしょうか
症状が落ち着くと、「もう治ったのではないか」「薬は不要ではないか」と感じることがあります。 そう思うのは自然なことです。
しかし、双極症では、症状がなくなった後も再発予防のために治療を続けることが重要です。 日本うつ病学会の診療ガイドラインでは、薬物療法を中断すると再発・再燃のリスクが上昇することが示されています。
「調子が良いから薬がいらない」のではなく、 「薬や生活上の工夫によって調子の良い状態を保てている」可能性があります。
特に、一部の薬は急に中止すると、症状が再び悪化する危険があります。 減量や中止を考える場合も、主治医と相談し、段階的に進める必要があります。
8.薬について知っておきたい4つの基本
① 効果と副作用には個人差があります
同じ薬でも、効き方や副作用は人によって異なります。 他の人の体験談は参考になりますが、そのまま自分にも当てはまるとは限りません。
② 副作用が少しでもあれば失敗、というわけではありません
副作用のない薬はほとんどありません。 大切なのは、副作用の程度と、得られている効果とのバランスです。
ただし、つらい副作用を無理に我慢する必要はありません。 飲む時間、量、薬の種類、副作用への対処薬などを調整できることがあります。
③ 薬は多いほど効くわけではありません
薬を追加したり増量したりすると効果が高まることがありますが、 副作用や相互作用も増える可能性があります。 必要性を定期的に見直すことが大切です。
④ 新しい薬が、必ずしも一番良い薬ではありません
新しい薬には、新しい作用や副作用の少なさなどの利点がある場合があります。 一方、長く使われてきた薬には、効果や安全性について多くの経験とデータがあります。
薬の新しさではなく、現在の症状、これまでの経過、副作用、生活との相性を含めて判断します。
9.副作用は、どこまで我慢すればよいのでしょうか
「少し我慢すれば慣れる副作用」と、「早めに相談すべき副作用」があります。 自分だけで判断するのは難しいため、気になる変化は医療者に伝えてください。
次の診察を待たずに相談したい例
- 強い眠気、ふらつき、転倒
- 急な発熱、発疹、口の中のただれ
- 意識がぼんやりする、強い震え、歩きにくい
- 激しい喉の渇き、嘔吐、下痢、脱水
- 急激な体重増加や著しい食欲増加
- 死にたい気持ち、自傷したい気持ちが強まった
- 妊娠が分かった、または妊娠を希望している
緊急性があると感じた場合
意識障害、けいれん、呼吸の苦しさ、急速に広がる発疹、強い自傷・自殺の切迫などがある場合は、 通常の予約日を待たず、医療機関や救急に相談してください。
10.診察で伝えると役立つこと
薬の効果や副作用を評価するには、日々の変化が重要な情報になります。
- 睡眠時間、寝つき、途中で目が覚める回数
- 気分の落ち込みや高揚
- 活動量、予定の増え方、買い物や対人行動の変化
- 食欲や体重
- 眠気、だるさ、ふるえ、便秘などの副作用
- 薬を飲み忘れた日
- 市販薬、健康食品、サプリメントの使用
すべてを詳しく記録する必要はありません。 気分表、睡眠記録、スマートフォンのメモなど、続けやすい方法を選びましょう。
11.主治医や薬剤師に確認してよい質問
- この薬は、躁・うつ・再発予防のどれを目的にしていますか?
- 効果は、どのくらいの期間で判断しますか?
- 特に注意する副作用は何ですか?
- 血液検査や体重測定は必要ですか?
- 飲み忘れたときはどうすればよいですか?
- 市販薬やサプリメントとの併用で注意するものはありますか?
- 妊娠・授乳を考える場合、いつ相談すればよいですか?
- 将来、減量や中止を検討できる条件はありますか?
12.まとめ
- 双極症の薬は、気分をなくすためではなく、気分の大きな波を調整し、生活を守るために使います。
- 治療の目的は、今の症状を改善すること、再発を防ぐこと、自分らしい生活を続けることです。
- 治療の中心は気分安定薬と抗精神病薬ですが、症状や時期によって使い分けます。
- ガイドラインは標準的な治療の出発点であり、実際の処方は一人ひとりに合わせて調整されます。
- 薬の効果と副作用には個人差があります。
- 症状が良くなっても、再発予防のために薬を続けることがあります。
- 薬を減らしたい、やめたい、副作用がつらいときは、自己判断せず主治医や薬剤師に相談しましょう。
薬について不安や疑問を持つことは、治療に後ろ向きだからではありません。 分からないことを確認し、納得できる形を一緒に探していくことも、治療の大切な一部です。
参考文献
- 日本うつ病学会. 日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023.2023. https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyoku2023.pdf
日本における双極症診療の基本情報、躁病エピソード、抑うつエピソード、維持療法、心理教育などを包括的にまとめた診療ガイドライン。本稿の中心的な参照資料です。 - Keramatian K, Chithra NK, Yatham LN. The CANMAT and ISBD Guidelines for the Treatment of Bipolar Disorder: Summary and a 2023 Update of Evidence. Focus (Am Psychiatr Publ). 2023;21(4):344-353. doi:10.1176/appi.focus.20230009. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11058959/
カナダ気分・不安治療ネットワーク(CANMAT)と国際双極性障害学会(ISBD)の推奨を、2023年までのエビデンス更新とともにまとめた資料です。 - Yatham LN, Kennedy SH, Parikh SV, et al. Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT) and International Society for Bipolar Disorders (ISBD) 2018 guidelines for the management of patients with bipolar disorder. Bipolar Disord. 2018;20(2):97-170. doi:10.1111/bdi.12609. https://www.canmat.org/wp-content/uploads/2019/07/Yatham-LN-2018-CANMAT-ISBD-guidelines-for-bipolar-disorder-Bipol-Disord.pdf
- National Institute for Health and Care Excellence. Bipolar disorder: assessment and management(CG185). Published 2014; updated periodically. https://www.nice.org.uk/guidance/cg185
英国NICEによる双極症の評価と治療のガイドライン。薬物療法だけでなく、心理社会的支援、身体的健康のモニタリング、本人との共同意思決定も扱っています。
参考図書・当事者向け資料
- 日本うつ病学会 双極症委員会. 双極症とつきあうために. 日本うつ病学会 ガイドライン掲載ページ
一般の方・当事者・家族向けに、双極症の症状、治療、生活上の注意を分かりやすく説明した資料です。 - Colom F, Vieta E. 著.小山司 監訳. 双極性障害の心理教育マニュアル―患者に何を、どう伝えるか.医学書院.
バルセロナ・プログラムの考え方と実践をまとめた専門書です。薬物療法を心理教育の中でどのように扱うかを考えるうえでも参考になります。 - 加藤忠史. 双極症―病態の理解から治療戦略まで.
双極症の病態、診断、治療について、専門的背景を含めて理解したい方の参考になります。版や書名は購入時に出版社情報をご確認ください。
参考サイト
- 日本うつ病学会「ガイドライン検討委員会」 https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/kibun.html
双極症診療ガイドライン、一般向け資料などを掲載しています。 - 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト:双極性障害(躁うつ病)」 https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?%40uid=RM3UirqngPV6bFW0
国立研究開発法人による一般向け情報です。症状、治療、薬の飲み方などが簡潔に説明されています。 - 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医療用医薬品 情報検索」 https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/
国内で承認されている医薬品の電子添文、患者向医薬品ガイド、安全性情報を確認できます。薬の適応や注意事項は更新されるため、個別薬の確認には最新の電子添文を参照します。 - CANMAT「Bipolar Disorder Resources」 https://www.canmat.org/2025/04/29/bipolar-disorder/
CANMAT/ISBDガイドラインに基づく患者・家族向けガイドなどを掲載しています。英語資料です。 - 大塚製薬「すまいるナビゲーター:双極性障害」 https://www.smilenavigator.jp/soukyoku/
当事者・家族向けの疾患・治療・生活情報です。製薬企業が運営するサイトであることを踏まえ、公的資料や診療ガイドラインとあわせて参照してください。
参考資料を読む際の注意
診療ガイドライン、医薬品の承認内容、電子添文、安全性情報は改訂されることがあります。 また、海外のガイドラインと日本では、承認されている薬や保険適用が異なる場合があります。 個別の治療については、最新情報を確認したうえで主治医・薬剤師と相談してください。
医療情報に関する免責事項
本稿は、双極症について学ぶための一般的な心理教育資料です。 診断、処方変更、減量、中止などの個別の医療判断を行うものではありません。 現在の治療について不安がある場合は、自己判断で変更せず、主治医または薬剤師にご相談ください。
作成:NPO法人ネット心理教育ピアサポート
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