双極症の動画図書館:薬剤開発物語ーーなぜ開発者たちはラモトリギンをあきらめなかったのか

薬は、最初から完成した姿で、私たちの前に現れるわけではありません。

ある患者さんに起きた変化を、臨床家が見逃さなかったこと。期待した結果が出ない試験が続いても、その薬が本当に役立つ場面を探したこと。そして、重大な副作用が分かったあとも、危険を小さくする使い方を考え続けたこと。

今回取り上げるラモトリギンは、そうした積み重ねによって患者さんに届けられた薬です。

タイトルは、『なぜ開発者たちはラモトリギンをあきらめなかったのか。少量からゆっくり投与する薬が患者に届くまで』です。

このコラムは、ラモトリギンの服用を勧めたり、否定したりするものではありません。特徴的な薬効を持つ一方、無視できない副作用リスクのあるラモトリギンを、長い年月をかけ、副作用への対処法を定め、一方で双極症の再発予防効果を科学的な臨床試験によりエビデンスを示し、承認に至るまで育て上げた臨床家や製薬企業開発担当者に、一臨床家であり当事者である私たちから敬意を払ってまとめた薬剤開発物語です。

ラモトリギン

ラモトリギンは双極症およびてんかんの治療薬で、双極症においては気分安定薬として位置づけられています。ラモトリギンの他の気分安定薬と最も区別する特性が「双極性障害のうつ状態の再発予防に特に優れている」という点です。「ラモトリギンは抑うつ状態に対する効果、再発予防効果において有用性が高い」という特徴を持ち、特に抑うつ状態に対して効果が認められる薬剤が少ない中で、ラモトリギンは双極症治療において重要な役割を果たしています。

薬の量を変える、中止する、飲み忘れたあとに再開するといった判断は、必ず主治医や薬剤師に相談してください。特にラモトリギンには、まれですが重大な皮膚障害が知られています。その危険を軽く扱わず、同時に、この薬がどのように必要な人へ届けられてきたのかを考えます。

目次

第1章 出発点となった仮説

ラモトリギンは、イギリスのウェルカム・ファウンデーション社、現在のグラクソ・スミスクライン、GSKによって開発されました。もともとは、双極症の薬ではなく、抗てんかん薬として研究された薬です。

1970年代、研究者たちは葉酸に関する仮説を手がかりに、新しい抗てんかん薬を探していました。その探索から見つかったのが、ラモトリギンです。動物実験で抗けいれん作用を示し、開発が進められました。

しかし興味深いことに、出発点となった『抗葉酸作用によって効くのではないか』という説明が、そのまま薬効の最終的な説明になったわけではありません。仮説は、薬を見つけるきっかけにはなりました。けれども、その仮説が完全に正しかったから薬になったのではありません。

薬としての価値を支えたのは、その後の実験、臨床試験、そして実際の患者さんに見られた変化でした。ここには、作用機序、つまり薬が体内で働く仕組みと、臨床効果は同じものではない、という大切な教訓があります。

ラモトリギンは1990年、アイルランドで抗てんかん薬として初めて承認されました。その後、各国へ広がり、日本では2008年にラミクタールという名称で販売が始まりました。

第2章 抗てんかん薬から双極症の薬へ

ラモトリギンが双極症に役立つ可能性は、受容体への結合データから自動的に予言されたものではありません。抗てんかん薬として使われる過程で、一部の患者さんに、気分やコミュニケーションの改善が見られたことが手がかりになりました。

精神科医のリチャード・ワイスラーは、治療の選択肢がほとんど残されていなかった二人の双極症患者に、ラモトリギンを使える可能性を考えました。患者さんと家族の同意を得て、アメリカ食品医薬品局、FDAの人道的使用制度を利用し、ヨーロッパから薬を取り寄せました。

二人には、それまでの治療では得られなかった変化が観察されました。

もちろん、二人に変化があっただけでは、薬の有効性を証明できません。偶然かもしれません。病気の自然な波かもしれません。別の治療や生活環境が影響した可能性もあります。

それでも、この観察を捨てず、正式な研究で確かめる価値があると考えた人たちがいました。当時のバローズ・ウェルカム社は、より大きな臨床試験へ進みました。社内の開発担当者だけでなく、社外の臨床家や研究者も加わり、双極症における可能性が検討されていきました。

一人の天才が薬を完成させた、という話ではありません。患者さんの変化、臨床家の観察、企業の判断、研究者の検証がつながり、次の段階へ進んだのです。

第3章 期待どおりにいかなかった試験

開発は、順調ではありませんでした。

当初は、ラモトリギンが躁状態とうつ状態の両方に効く薬になることが期待されました。しかし、急性の躁状態に対する有効性は示されませんでした。急性の双極性うつ病についても、主要な評価項目を達成できない試験が続きました。

さらに、皮疹を減らすためには、少量から始めて、時間をかけて増量する必要があります。これは、数週間という短い期間で効果を判定する急性期試験には不利な条件でした。十分な量に達したころには、試験の評価時期が近づいてしまうからです。

企業の合併、試験参加者の集まりにくさ、残された特許期間など、医学以外の問題もありました。開発計画を小さくする、あるいは中止しようとする動きも、複数回あったと開発史には記録されています。

それでも研究は続けられました。大切だったのは、期待した仮説に薬を無理に合わせなかったことです。

急性躁病の薬として結果が出ないのであれば、どの治療場面なら本当に役立つのか。長期の維持療法試験まで進んだことで、ラモトリギンは、特に抑うつエピソードの再発を防ぐことに強みを持つ薬として、位置づけを見いだしました。

[ゆっくり]期待した結果が出ない研究を、単なる失敗として捨てない。その薬が本当に役立つ場所を探す。そこに、ラモトリギン開発の重要な意味があります。

第4章 何に効く薬なのか

現在、日本でラモトリギンが双極症に承認されている目的は、『気分エピソードの再発・再燃抑制』です。分かりやすく言えば、いったん状態が落ち着いたあと、躁状態やうつ状態が再び起こることを防ぐための治療です。

急性躁病への有効性は確立していません。急性の双極性うつ状態については一定の研究成績がありますが、日本ではその目的には承認されていません。

したがって、ラモトリギンを単に『双極性うつ病に効く薬』と説明すると、少し不正確になります。より正確には、『双極症のうつ側に強みがあり、特に抑うつエピソードの再発予防について臨床成績が示されている薬』です。

この違いは、細かな言葉の問題ではありません。今つらい症状を改善する治療と、将来の再発を防ぐ治療は、同じではないからです。薬の役割を理解することは、すぐに変化が感じられないときにも、なぜ服用を続けるのかを主治医と話し合う助けになります。

第5章 「少量からゆっくり」という発見

ラモトリギンは、最初から目標となる維持量を飲む薬ではありません。少量から始め、数週間かけて、ゆっくり増やします。

皮疹は、開始量が多い場合や、増量が速い場合に起こりやすいことが、臨床データから分かってきました。そして、ラモトリギンが体内から排出される速さは、併用する薬によって大きく変わります。

例えば、バルプロ酸は、ラモトリギンの代謝を遅くします。ラモトリギンが体内に長く残るため、開始量をさらに少なくし、増量もゆっくり行います。反対に、カルバマゼピンなど一部の薬は代謝を速めるため、別の増量方法が必要になります。

この細かな服薬プログラムは、単なる使いにくさではありません。効果を生かしながら、重大な副作用の危険をできる限り小さくするために作られた仕組みです。

飲み忘れや体調不良などで数日間服用できなかったあと、自己判断で以前と同じ量から再開するのは危険な場合があります。併用薬を始めたときや、やめたときにも、増量方法が変わることがあります。必ず主治医または薬剤師に確認してください。

[ゆっくり]少量から、ゆっくりと。この言葉には、薬の弱さではなく、安全に届けるために積み上げられた知識が込められています。

第6章 SJSという重大な副作用

ラモトリギンについて知るうえで、SJSを避けて通ることはできません。SJSは、スティーブンス・ジョンソン症候群の略です。日本の電子添文では、皮膚粘膜眼症候群と表記されます。

発熱などの全身症状とともに、皮膚だけでなく、目、唇、口の中、喉、外陰部などの粘膜に、強い炎症やただれが起こる、まれですが重大な病態です。

SJSは、ラモトリギンだけに起こる副作用ではありません。抗菌薬、解熱鎮痛薬、抗てんかん薬など、さまざまな薬が原因になり得ます。感染症など、薬以外がきっかけになる場合もあります。ただし、すべての薬で同じ確率で起こるわけではありません。

では、ラモトリギンにおける『まれ』とは、どの程度なのでしょうか。海外の双極症臨床試験では、SJSを含む重篤な皮膚障害が、2272人中3人、およそ0.1パーセントに確認されました。日本の双極症の使用成績調査では、SJSが989人中2人、およそ0.2パーセントと報告されています。

調査の方法も、数えている病態も違うため、この二つの数字を単純に比較することはできません。一言でいえば、成人の双極症に関する資料では、SJSそのもの、またはSJSを含む重篤な皮膚障害について、数百人から千人程度に一人という規模の報告があります。

これは、ラモトリギンを飲む一人ひとりの危険を正確に予測する数字ではありません。まれだから無視してよい、という意味でも、必ず起こるから使えない、という意味でもありません。決められた増量法を守り、初期症状に早く気づくことが重要です。

第7章 SJSの症状は発疹だけではない

重篤な皮膚障害は、ラモトリギンを始めてから八週間以内に多く報告されています。ただし、注意するのは皮膚の発疹だけではありません。

発疹。38度以上の発熱。目の充血。唇や口の中のただれ。喉の痛み。強いだるさ。首、わきの下、脚の付け根などにあるリンパ節の腫れ。

このような症状があれば、次の予約日まで待たず、直ちに医療機関へ連絡し、受診してください。目立つ発疹がないから大丈夫、とは判断しないでください。服用中の薬の名前と、服用を始めた時期、増量した時期を医療者に伝えます。

自分でSJSかどうかを診断する必要はありません。風邪など、別の原因である可能性もあります。しかし、早い段階では区別が難しいため、まず医療者に確認することが大切です。

第8章 発売後も開発は続いている

薬の開発は、承認され、発売されたところで終わるわけではありません。ラモトリギンについては、現在もGSKが医薬品リスク管理計画(RMP;Risk Management Plan)を実施しています。

RMPとは、発売後も副作用情報を集め、評価し、必要な安全対策を更新する仕組みです。副作用報告、市販後調査だけではありません。文献、学会情報、海外での規制措置などを集めます。SJSなどの発現状況を継続して評価します。医療者向け、患者さん向けの資料を作り、必要であれば電子添文や情報提供の方法を改めます。

2026年7月に提出されたRMPでも、医療者と患者さんへの情報提供を通じた安全対策は、実施中とされています。

薬を世に出すことは、完成品を送り出して終わる仕事ではありません。実際に使われて初めて分かることを集め、その知識を、次に薬を使う人の安全へ返していく仕事でもあります。

結び

ラモトリギンは、最初から完成された薬ではありませんでした。

臨床家が患者さんの変化を見逃さなかったこと。二人の経験を、すぐに薬効の証明とはせず、大きな試験へつないだこと。期待した結果が出ない試験が続いても、本当に役立つ治療場面を探したこと。重大な副作用が分かったあとも、それを隠したり軽く見たりせず、少量からゆっくり増やす方法を作ったこと。

そして発売後も、患者さんの経験を集め、安全性情報を更新し続けていること。

薬は、研究者や企業だけで作られるものではありません。臨床試験に参加した人。変化を記録した臨床家。審査を行った規制当局。発売後の症例を報告した医療者。そして、薬を使いながら自分の経験を伝えた患者さん。多くの人によって、安全な使い方が少しずつ形づくられます。

『なぜ開発者たちは、ラモトリギンをあきらめなかったのか』。その答えを、一人の開発者の思いだけで説明することはできません。

しかし、残された記録をたどると、この薬が役立つ患者さんがいるという臨床の事実を見つめ、効果と危険の両方から目をそらさず、届ける方法を探し続けた人々の姿が見えてきます。

ラモトリギンの歴史は、重大な副作用がある薬を、無理に残した歴史ではありません。必要とする人へ、安全に届ける方法を探し続けた歴史です。

参考資料

  1. Weisler RH, Calabrese JR, Bowden CL, et al. Discovery and development of lamotrigine for bipolar disorder. Journal of Affective Disorders. 2008;108:1-9.
  2. Calabrese JR, Bowden CL, Sachs G, et al. Lamotrigine and lithium maintenance treatment in recently depressed patients with bipolar I disorder. Journal of Clinical Psychiatry. 2003;64:1013-1024.
  3. Bowden CL, Calabrese JR, Sachs G, et al. Lamotrigine and lithium maintenance treatment in recently manic or hypomanic patients with bipolar I disorder. Archives of General Psychiatry. 2003;60:392-400.
  4. グラクソ スミスクライン株式会社 ラミクタール錠 電子添文 2026年8月改訂
  5. グラクソ スミスクライン株式会社 ラミクタール錠 医薬品リスク管理計画書 2026年7月提出
  6. PMDA ラミクタール錠 患者向医薬品ガイド

双極症の動画図書館シリーズについて

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著者・編集者


NPO法人ネット心理教育ピアサポート 副理事長

認定専門公認心理師

社会福祉士

国際双極症学会 評議員

木野内 南(布団ちゃん)

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長

薬剤師

藤田 剛(窓師)

https://www.shinrikyoiku.com/

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この記事を書いた人

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 代表
双極性障害、ADHD当事者で薬剤師。
起業と株式上場経験あり。

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