双極症の治療はどう進化してきたのか? 第6回・最終回 治療のゴールは一人ひとり違うーー「病気を治す」から「自分の生活と人生を取り戻す」治療へ

シリーズ構成
本シリーズ「双極症の治療はどう進化してきたのか?」は、以下の全6回で構成しています。

治療のゴールは一人ひとり違う――「病気を治す」から「自分の生活と人生を取り戻す」治療へ
双極症治療の歴史を振り返ると、治療目標はずいぶん広がってきました。 躁を抑える。うつを治療する。再発を防ぐ。軽い症状を減らす。社会生活を維持する。 しかし最後に、もう一つ大切な問いがあります。「どこまで良くなれば治療のゴールなのか」。その答えは、一人ひとり違います。
この記事の要点
- 症状の改善と再発予防は、現在も治療の大切な土台です。
- その上で、生活機能、QOL、本人が望む生き方も治療目標に含まれるようになりました。
- 「臨床的回復」と「本人が感じる回復」は重なりますが、同じではありません。
- 心理教育は、正しい生活を一方的に教えるものではなく、選択肢を理解し対話するための土台です。
- 共同意思決定では、医学的根拠と本人の価値観を持ち寄り、治療を一緒に考えます。
1.治療目標は、時代とともに広がった
後から加わった目標が、前の目標を否定するわけではありません。 症状の治療と再発予防を土台に、生活と本人の希望を重ねていくイメージです。
2.「回復」には複数の意味がある
| 回復の見方 | 主な問い | 誰が評価するか |
|---|---|---|
| 臨床的回復 | 躁・うつの症状がどの程度改善し、再発を防げているか | 本人と医療者が症状・経過を確認 |
| 機能的回復 | 家事、学業、仕事、人間関係などをどの程度営めているか | 本人の実感と生活状況を一緒に確認 |
| パーソナル・リカバリー | 病気があっても、希望、意味、自分らしさ、選択する力を持って生活できているか | 中心になるのは本人 |
パーソナル・リカバリーは「症状が完全になくなること」だけを意味しません。 症状が残っていても、その人なりの希望や役割を取り戻していく過程を含みます。 一方で、本人が生活を大切にしたいと言うことは、症状の治療を軽視するという意味でもありません。
3.「元どおり」だけがゴールではない
発症前と同じ働き方に戻ることを望む人もいれば、働き方を変えたい人、家族との時間を優先したい人、まず安心して眠れる生活を望む人もいます。 「自分の生活を取り戻す」とは、必ずしも過去と同じ状態に戻ることではありません。
4.心理教育は「守らせるため」から「選べるようにするため」へ
双極症の心理教育では、病気、薬、睡眠、生活リズム、再発のサインなどを学びます。 これらは現在も重要です。しかし、知識を伝えて「正しい生活」を守らせるだけでは、本人が抱える迷いや生活上の問題に十分応えられません。
心理教育には、次のような役割があります。
- 自分の気分の波や治療を理解する
- 薬の効果と負担を主治医へ伝えやすくする
- 再発のサインと対応を、本人に合う形で考える
- 家族や支援者との認識の違いを言葉にする
- 医療、福祉、就労・就学支援などの選択肢を知る
- 当事者の経験知と医学的情報を、区別しながら生かす
心理教育にも「どの方法か」を確認する
2003年にColomらは、安定期にあり薬物療法を受けている双極Ⅰ型・Ⅱ型の人を対象に、体系的な集団心理教育が再発予防に役立つことを無作為化比較試験で示しました。 5年後の追跡でも効果が報告されています。
ただし、この結果は、特定の対象と構造化された21回のプログラムについてのものです。 すべての講義、動画、当事者会が同じ効果を持つと示した研究ではありません。 心理社会的支援も、対象、内容、実施時期、目的を分けて考える必要があります。
5.共同意思決定――根拠と価値観を持ち寄る
共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)とは、医療者が選択肢と根拠、利益と不利益を説明し、本人が生活上の事情や希望を伝え、一緒に方針を考える方法です。
| 医療者が持ち寄るもの | 本人が持ち寄るもの | 一緒に考えること |
|---|---|---|
| 診断、臨床研究、治療選択肢、予想される効果と副作用 | 過去の経験、困りごと、仕事・家族、避けたい負担、大切にしたいこと | 今回の目標、選ぶ方法、評価時期、うまくいかなかった場合の次の手 |
SDMは「本人の希望どおりに処方すること」でも、「医療者が正解を説得すること」でもありません。 不確実さを含めて情報を共有し、現時点で納得できる方針を探す過程です。
強い躁状態、重いうつ状態、切迫した自傷他害の危険があるときは、安全確保が優先され、落ち着いて比較検討することが難しい場合があります。 安定している時期に、再発時の連絡先、望む支援、避けたい対応を本人・家族・医療者で話しておくことが役立ちます。
6.一人ひとり違うゴールを、具体的な言葉にする
「自分らしく暮らしたい」だけでは、治療計画へ結びつけにくいことがあります。次のように小さく具体化できます。
- まず2週間、起床時刻の大きな乱れを減らしたい
- 薬の眠気が午前の仕事にどう影響するか記録したい
- 再発を避けながら、週1回の外出を再開したい
- 家族が心配したときの声のかけ方を決めたい
- 次の診察で、妊娠、就労、経済面の希望を相談したい
7.この連載がたどった道
- 躁とうつを一つの病気の経過として捉える概念が形になった
- リチウムにより、目の前の症状だけでなく再発予防が治療目標になった
- 双極Ⅱ型と長期経過の研究により、うつの負担が見直された
- 薬を「双極症に効くか」ではなく、病相と治療時期ごとに評価するようになった
- 再発の有無だけでなく、残存症状、生活機能、QOLが注目された
- 治療は、本人が望む生活をともに考えるところまで広がった
診察で使える4つの問い
- いまの治療は、何を目標にしていますか。
- 私が生活で取り戻したいことを、治療計画に入れられますか。
- 選択肢ごとの効果、負担、不確かな点を教えてください。
- いつ振り返り、必要なら方針を見直しますか。
参考文献・参考資料
- Anthony WA. Recovery from mental illness: the guiding vision of the mental health service system in the 1990s. Psychosoc Rehabil J. 1993;16(4):11–23.
- Leamy M, et al. Conceptual framework for personal recovery in mental health: systematic review and narrative synthesis. Br J Psychiatry. 2011;199(6):445–452.
- Colom F, et al. A randomized trial on the efficacy of group psychoeducation in the prophylaxis of recurrences in bipolar patients whose disease is in remission. Arch Gen Psychiatry. 2003;60(4):402–407.
- Colom F, et al. Group psychoeducation for stabilised bipolar disorders: 5-year outcome of a randomised clinical trial. Br J Psychiatry. 2009;194(3):260–265.
- Torrent C, et al. Efficacy of functional remediation in bipolar disorder: a multicenter randomized controlled study. Am J Psychiatry. 2013;170(8):852–859.
- World Health Organization. Guidance on community mental health services: promoting person-centred and rights-based approaches. 2021.
- National Institute for Health and Care Excellence. Bipolar disorder: assessment and management (CG185).
- 日本うつ病学会.日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023/一般の方・当事者向けガイド「双極症とつきあうために」Ver.11.
付表

双極症の動画図書館シリーズについて
双極症の動画図書館シリーズは、YouTube動画とWeb解説コラムで構成しています。
YouTube動画 : https://www.youtube.com/@shinrikyoiku
Web解説コラム : https://shinrikyoiku.com/category/column/


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