双極症の治療はどう進化してきたのか? 第5回 再発しなければ、それで「治った」と言えるのか?ーー長期追跡研究が見せた、双極症のもうひとつの姿

シリーズ構成
本シリーズ「双極症の治療はどう進化してきたのか?」は、以下の全6回で構成しています。

再発しなければ、それで「治った」と言えるのか?――長期追跡研究が見せた、双極症のもう一つの姿
躁病エピソードは起きていない。大うつ病エピソードもない。それなら、その人はずっと元気に生活しているのでしょうか。 長期追跡研究は、診断基準を満たす大きな再発がない時期にも、軽いうつ、不眠、疲れやすさ、集中しにくさなどが残ることを示しました。 ここから、「再発を防ぐだけで、治療として十分なのだろうか」という新しい問いが生まれます。
この記事の要点
- 「再発なし」と「症状がまったくない」は同じではありません。
- 長期経過では、診断基準に届かない軽い症状が大きな割合を占めます。
- 症状が改善しても、仕事、学業、家事、人間関係がすぐ戻るとは限りません。
- 治療目標は、再発予防から、残存症状、生活機能、QOLへ広がりました。
- 回復の速さや形は一人ひとり異なり、研究の平均値が個人の将来を決めるわけではありません。
1.「再発」の間にも症状はあり得る
臨床試験や診断では、躁病エピソードや大うつ病エピソードの有無が重要な区切りになります。 しかし実際の気分は、発症か健康かの二択ではありません。診断基準に届かない程度の症状が続いたり、日によって揺れたりします。
2.Juddらは「毎週の状態」を長期間追った
2002年と2003年、Lewis Judd、Hagop Akiskalらは、双極Ⅰ型と双極Ⅱ型の患者を長期間追跡し、週ごとの症状を解析した研究を報告しました。 エピソードの回数だけでなく、軽い症状を含めて経過を捉えた点が重要です。
| 研究 | 平均追跡期間 | 症状があった週 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| 双極Ⅰ型 146人 | 12.8年 | 47.3% | 抑うつ症状31.9%、躁・軽躁症状8.9%、循環・混合症状5.9%。軽い症状は、診断基準を満たす症状より約3倍多かった。 |
| 双極Ⅱ型 86人 | 13.4年 | 53.9% | 抑うつ症状50.3%、軽躁症状1.3%、循環・混合症状2.3%。軽い症状は、大うつ病症状より約3倍多かった。 |
3.見えてきたのは「うつ」と「軽い症状」の重さ
双極症は、激しい躁状態によって見つかりやすい病気です。 しかし長期追跡では、症状のある時間の多くを抑うつ症状が占め、とくに診断基準に届かない軽い症状が多いことが示されました。
「軽い」という言葉は、生活への影響が小さいという意味ではありません。 朝起きられない、判断が遅い、疲れが抜けない、人に会えないといった状態が長く続けば、仕事や学業、家族関係に大きく影響します。
4.症状の回復と、生活の回復には時間差がある
Tohenらは、初回入院となった精神病症状を伴う気分エピソードの患者を2年間追跡しました。 24か月以内に97.5%が「エピソードの診断基準を満たさない」という症候学的回復に達した一方、入院前の職業・居住状態を取り戻す機能的回復は37.6%でした。
この研究対象は重症例を含む特定の集団で、すべての双極症当事者に同じ割合が当てはまるわけではありません。 それでも、症状が落ち着くことと、生活が戻ることは別に評価する必要があると示した点に大きな意味があります。
| 回復を見る窓 | 問い | 例 |
|---|---|---|
| 症候学的回復 | 躁・うつの診断基準を満たさなくなったか | 強い高揚や抑うつが治まった |
| 症状面の回復 | 軽い症状も十分に減ったか | 睡眠、意欲、集中力が戻ってきた |
| 機能的回復 | 望む日常生活を営めているか | 家事、学業、仕事、人間関係 |
| QOL | 本人が生活の質をどう感じているか | 安心、満足、余暇、希望 |
5.生活上の困難を、本人の努力不足にしない
医学的には「寛解」と説明されても、以前のように働けない、頭が回らない、人と会うと疲れることがあります。 そこには残存症状、認知機能、薬の副作用、長期休職による環境変化、経済的問題、周囲の理解など、複数の要因が関係します。
したがって「症状は治ったのだから、元どおりにできるはず」と急がせることは適切ではありません。 本人と医療者が、何が妨げになっているかを一緒に整理し、治療、休養、リハビリテーション、社会資源を組み合わせる必要があります。
6.治療目標は「再発回数」だけではなくなった
長期追跡研究によって、治療で確認したい項目は広がりました。
- 躁・うつの大きな再発が起きていないか
- 軽い抑うつ、不眠、焦燥などが残っていないか
- 薬の効果と副作用のバランスはどうか
- 仕事、学業、家事、人間関係にどのような影響があるか
- 本人が望む生活に近づいているか
7.診察で伝えてよいこと
大きな再発がなくても、次の変化は治療を考える大切な情報です。
- 以前より疲れやすく、休む時間が増えた
- 睡眠時間は取れているが、眠った感じがしない
- 仕事や家事の速度、集中力が戻らない
- 薬の眠気やだるさが生活に影響している
- 症状は軽いと言われたが、本人は生活の苦しさを感じている
まとめ
- 双極症の長期的な負担には、診断基準に届かない症状も含まれます。
- 症状の回復と生活機能の回復は、同時に進むとは限りません。
- 再発予防は重要ですが、それだけで治療のすべてではありません。
- 残存症状、副作用、生活上の困難、本人のQOLを一緒に確認することが大切です。
参考文献・参考資料
- Judd LL, et al. The long-term natural history of the weekly symptomatic status of bipolar I disorder. Arch Gen Psychiatry. 2002;59(6):530–537.
- Judd LL, et al. A prospective investigation of the natural history of the long-term weekly symptomatic status of bipolar II disorder. Arch Gen Psychiatry. 2003;60(3):261–269.
- Judd LL, et al. Long-term symptomatic status of bipolar I vs bipolar II disorders. Int J Neuropsychopharmacol. 2003;6(2):127–137.
- Tohen M, et al. Two-year syndromal and functional recovery in 219 cases of first-episode major affective disorder with psychotic features. Am J Psychiatry. 2000;157(2):220–228.
- 日本うつ病学会.日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023/一般の方・当事者向けガイド「双極症とつきあうために」Ver.11.
付表

双極症の動画図書館シリーズについて
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