双極症の動画図書館:双極症の解明史ーー黒胆汁説から死後脳研究へ

疾患概念と病態研究の歴史、そして現在の最前線

双極症の解明史:黒胆汁説から死後脳へ

はじめに

双極症は、なぜ起こるのでしょうか。研究は大きく進んできましたが、すべての人の発症や経過を説明できる一つの原因は、まだ分かっていません。現在は、多くの遺伝的要因と環境、脳の細胞や回路の働きが、どのように関わるのかを調べています。[1]

この記事では、前半で気分の病気を理解する考え方の変遷をたどります。躁とうつだけでなく混合状態や症状が落ち着く時期を含めて経過を捉え、うつ病との区別や双極Ⅰ型・Ⅱ型という考え方が整理されてきた歴史も紹介します。後半では、ゲノムや死後脳を用いる研究を取り上げ、最後に、その研究を支える当事者と家族の参加について考えます。「解明史」というタイトルは、解明が完成したという意味ではなく、問いを重ねてきた歴史を表しています。

気分障害の歴史を考えるうえでは、内海健著『双極Ⅱ型障害という病』から学びました。本稿では、内海の公開論考も参照し、病気を区別する分類の意義と、分類だけでは捉えきれない病像の複雑さの両方を紹介します。[28,29,30]

なお、病気の仕組みが十分に分からないことと、治療の効果が分からないことは別です。治療は臨床研究で得られた知見に基づいて行われます。この記事は病態研究の紹介であり、個別の治療や薬の変更を提案するものではありません。

第1部 双極症はどう理解されてきたか

1 黒胆汁説と心を身体から理解する試み

古代ギリシャの医学では、身体の状態を血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁という体液の釣り合いで説明する考え方がありました。そして、メランコリアという気分にかかわる疾患は、黒胆汁と結びつけて理解されました。現在の医学では、この体液説は支持されていません。

ただし、古代の「メランコリア」は現在のうつ病や双極症と同じ診断ではありません。約2500年という時間の長さは、現代の双極症がそのまま研究され続けた期間ではなく、人が気分の不調を説明しようとしてきた歴史の長さです。

古代の医学を「身体から脳へ」という単純な一本道で描くこともできません。ヒポクラテス文書の『神聖病について』には、喜びや悲しみなどを脳の働きと結びつける記述があります。身体や脳から心の状態を理解しようとする問いは、すでに存在していました。[2,3]

2 躁とうつを時間の流れの中で捉える

19世紀には、躁とうつを繰り返す経過を一つの病態として捉える考え方が発展しました。さらにクレペリンは、診察時の症状だけでなく、長期の経過に着目し、躁、うつ、混合状態などを広い「躁うつ病」という概念の中で整理しました。[4,14]

クレペリンが注目したのは、躁とうつが交互に現れる経過だけではありません。躁とうつの特徴が入り交じる「混合状態」も、病気を理解するうえで重要なものとして捉えていました。気分、思考、活動性が、すべて同じ方向に変化するとは限らないのです。[4,14]

クレペリンの広い躁うつ病概念には、症状だけでなく、病気と正常な状態の間をつなぐ「基礎素質」も含まれていると説明しました。これは、もともとの気質などとの連続性に目を向ける見方で、症状が落ち着く「寛解」とは別の観点です。当時の概念は、現在の診断分類と同じではありません。[29]

現在も、躁や軽躁の症状とうつの症状が重なって現れることがあります。例えば、気分は落ち込んでいるのに、考えが次々と浮かぶような組み合わせです。混合状態は、躁とうつの「中間」や、単に症状の軽い状態を意味するものではありません。ただし、当時の混合状態の捉え方と、現在の診断基準は同一ではありません。[1,14]

また、病気の経過には、症状が落ち着く時期もあります。現在では、症状が十分に軽くなった状態を「寛解」と呼びます。双極症は、常に躁かうつのどちらかにある病気ではなく、その現れ方や経過には個人差があります。症状が一部残ることもあり、症状が落ち着くことと、暮らしや仕事が十分に回復することは、必ずしも同じではありません。[1]

ここで重要なのは、診察時の症状だけでなく、時間の中でどう変わるかを見る視点です。気分の病気を理解するには、過去の状態や再発、症状が落ち着いた時期も含めて見る必要があります。

ただし、当時の「躁うつ病」の範囲は現在の双極症より広く、反復するうつ病も含んでいました。現代の診断をそのまま過去に当てはめることはできません。この広い疾患概念の中を、経過や家族歴などから区別しようとする研究が、次の段階につながります。[4,15]

3 うつ病と双極症を分けて考えるようになる

うつ状態という症状と、うつ病という診断名は同じではありません。うつ状態は双極症でも現れます。そのため、診察時にうつ状態がみられるだけでは、うつ病か双極症かを十分に判断できないことがあります。[1]

広い「躁うつ病」の中には、うつだけを経験する人と、躁も経験する人が含まれていました。1957年にレオンハルトは、単極性と双極性を区別する分類を提示しました。さらに1966年には、アングストとペリスがそれぞれ臨床・家族研究を報告し、両者を区別する根拠が積み重なりました。ここでいう単極性のうつ病とは、躁や軽躁の経験がないうつ病を指します。[15,16,17]

これは、単に病名を分けたというだけの出来事ではありません。同じように見えるうつ状態でも、これまでの経過や家族にみられる病気の傾向を含めて理解しようとする変化でした。現在も、過去に躁や軽躁があったかどうかを確かめることは、診断と治療方針を考えるうえで重要です。[1,15]

ただし、臨床上の区別が整理されたことは、うつ病と双極症の原因の違いがすべて解明されたという意味ではありません。疾患概念の整理と、病気の仕組みの解明は、関わり合いながらも異なる課題です。

一方、内海は、この分類の変化に伴い、病像が単純化される面もあったと指摘しています。気分の高低に注目するだけでは、思考や活動性の変化、混合状態などを十分に捉えられません。分類の整理は重要な進展でしたが、当事者の経験をどこまで表せるかという問いも残りました。[29,30]

4 明確な躁がなくても、双極症に含まれることがある

さらに、うつを繰り返す人の中に、明確な躁には至らないものの、普段より気分や活動性が高まる「軽躁」を経験する人々がいることが注目されました。軽躁では、睡眠が少なくても活動できたり、話す量や行動が増えたりすることがありますが、本人には「調子がよい時期」と感じられ、病気の一部として気づかれないこともあります。[1,21]

ダナーらは、明確な躁を経験する人々と、軽躁とうつを経験する人々を、Ⅰ型とⅡ型として区別することを提案しました。1970年の学会報告を経て、1976年には代表的な研究論文が発表されました。その後も経過や家族歴などの検討が続き、1994年のDSM-IVで、双極Ⅱ型障害が独立した診断として採用されました。DSMは、米国精神医学会が作成する精神疾患の診断分類です。[18,19,20]

現在の診断では、双極Ⅰ型は躁状態を経験することが中心となり、うつ状態の経験は診断に必須ではありません。双極Ⅱ型は、軽躁状態と大うつ病エピソードを経験し、躁状態の経験がない場合に診断されます。大うつ病エピソードとは、一定の症状や持続期間の基準を満たすうつ状態で、ここでは「うつ病」という病名そのものを意味しません。[20,21]

ここで、Ⅱ型を単に「軽い双極症」と考えないことが大切です。「軽躁」の「軽い」は躁と比べた状態を表し、病気全体の苦痛や生活への影響が小さいという意味ではありません。うつ状態による負担が大きい場合もあります。また、Ⅰ型・Ⅱ型は症状と経過に基づく分類で、現在のところ原因が完全に異なる二つの病気であることが証明されるには至っていません。[1,18,20,21]

双極スペクトラム――分類の境界にも目を向ける

双極Ⅰ型・Ⅱ型の分類を整える研究と並行して、その境界や周辺の病像にも目が向けられました。以下、内海による考察です。1980年代にアキスカルが双極スペクトラムの概念を提唱しました。スペクトラムとは、症状や気質を、連続性のある広がりとして捉える考え方です。ここでは、Ⅰ型・Ⅱ型という診断名そのものとは区別して用います。[29]

注意が必要なのは、双極症は躁とうつが規則正しい波のように交代し、一本の軸の両端を行き来するという疾患ではないということです。とくに双極Ⅱ型の病像は、そうした図だけでは捉えきれません。軽躁の特徴が現れても、うつの苦痛が打ち消されるとは限らず、両者の特徴が重なることがあります。混合状態を理解するには、この点が重要です。[30]

また、内海は、軽躁の見逃しとともに、小さな変化を過大に捉えることによる過剰診断にも注意を促しています。この視点からも、症状の一つだけで自己判断するのではなく、どのような変化が、いつ、どのくらい続き、暮らしにどう影響したかを、診察で確かめることが大切です。[30]

疾患概念の整理をたどる小年表
時期主な出来事理解の変化
19世紀末〜20世紀初頭クレペリンによる広い「躁うつ病」の整理。[4,14]躁・うつ・混合状態を、長期の経過から捉える。
1957年レオンハルトが単極性と双極性を区別する分類を提示。[15]広い疾患概念の中を分けて考える。
1966年アングストとペリスが、それぞれ臨床・家族研究を報告。[15,16,17]単極性のうつ病と双極症を区別する根拠を積み重ねる。
1970年・1976年ダナーらがⅠ型・Ⅱ型の区別を学会で報告し、後に代表的論文を発表。[18,19]軽躁とうつを経験する人々の経過にも注目する。
1980年代アキスカルによる双極スペクトラム概念の展開。[29]診断分類の境界や周辺の病像にも目を向ける。
1994年DSM-IVに双極Ⅱ型障害を独立した診断として採用。[20]研究上の概念が、診断分類として整理される。

この年表は、疾患概念の整理に関わる主な出来事を示したものです。分類は一度に確定したわけではなく、病態や治療を調べる研究も並行して進みました。

疾患概念の歴史は、分類が一方向に細かくなって完成する過程ではありません。区別することで見えてくる違いと、境界を越えて捉えることで見えてくる共通性の両方が検討されてきました。その間にも、病気の仕組みを脳の働きから調べる研究が進みました。臨床上の分類と実際の経過を照らし合わせることは、どのような人々を比較し、何を研究するかを考える土台になります。[29,30]

5 薬の発見から神経伝達物質の研究へ

20世紀半ばには、気分の病気に対する薬物療法が発展しました。「なぜ薬が症状を改善するのか」という問いが、脳内の情報伝達を調べる手がかりになりました。

神経伝達物質とは、神経細胞の間で情報を伝える物質です。セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなどはモノアミンと呼ばれます。1965年のシルドクラウトの論文は、ノルアドレナリンなどの働きと、うつや気分の高揚との関係を考える代表的な仮説を示しました。[5]

しかし、「うつはセロトニン不足、躁はドパミン過剰」といった短い説明だけでは、双極症の病態を表せません。薬がある伝達物質に作用することは、その物質の不足や過剰が病気の唯一の原因であることの証明にはなりません。

6 受容体から細胞の中へ

神経伝達物質は、受容体という、細胞が信号を受け取る仕組みに作用します。その先では、細胞内シグナルと呼ばれる情報伝達が起こり、細胞の活動や遺伝子の働きなどが変化します。

研究の対象は、伝達物質の量だけでなく、信号の受け取り方や細胞内の調節へと広がりました。カルシウムも、細胞内で情報を伝える重要な役割を持ちます。双極症の遺伝研究でカルシウムチャネルに関わる遺伝子が注目されたことは、この研究の方向とつながっています。[6]

カルシウムチャネルは、細胞膜を通るカルシウムの流れを調節する仕組みです。こうした関連が見つかっても、食事のカルシウムの過不足が双極症の原因だという意味にはなりません。

7 細胞の働きと生活リズムへ視野が広がる

神経可塑性は、経験や刺激によって神経細胞のつながりや働きが変わる性質です。ミトコンドリアは、細胞が使うエネルギーをつくる小器官です。これらに加え、酸化ストレス、概日リズム、炎症や免疫も、双極症の研究対象になっています。

酸化ストレスは、酸化に関わる物質と、それに対処する仕組みの釣り合いが崩れた状態です。概日リズムは、睡眠や体温などにみられる約24時間の周期です。炎症や免疫の研究では、身体を守る反応と脳の働きとの関係を調べます。

日本でも、ミトコンドリアの機能とセロトニン神経の活動を結びつける動物研究などが進められてきました。ただし、モデル動物で示された仕組みを、そのまますべての当事者の発症原因とすることはできません。[7]

これらの研究は、古い仮説をすべて捨てて新しい原因に置き換えるというものではありません。神経伝達、細胞内の調節、エネルギー、生活リズムなどがどう関わるかを、異なる方法で検証しています。

第2部 双極症研究の現在の最前線

8 ゲノム全体から手がかりを探す

ゲノムとは、DNAに書かれた遺伝情報の全体です。GWAS(ゲノムワイド関連解析)は、多数の人のDNAの違いを比較し、病気と統計的に関連する領域を探す方法です。特定の遺伝子をあらかじめ選ぶ研究と比べ、広い範囲から手がかりを得られます。

2025年の大規模研究では、双極症のある158,036人と約280万人の対照群のデータを解析し、298の関連領域を報告しました。欧州系だけでなく、東アジア系、アフリカ系米国人、ラテン系の集団も対象に含まれました。[8]

「298」は原因遺伝子の数ではなく、統計的に関連したゲノム上の領域の数です。近くにある遺伝子が本当の作用先とは限らず、関連領域の発見から、働きの解明までには追加の研究が必要です。

現在は、ファインマッピングという、候補となるDNAの違いを絞る解析や、脳の遺伝子発現情報との統合も行われています。どの遺伝子に、どの細胞で、どのような影響があるかを調べるためです。

双極症に遺伝的要因があることは、病気が親から子へ単純に受け継がれるという意味ではありません。多くの遺伝的要因が関わり、遺伝情報だけで個人の発症が決まるわけではありません。現在の研究結果から、一般の人の診断を遺伝子検査だけで確定することもできません。[1,9]

9 本人と両親を比べるトリオ解析

GWASが多くの人にみられるDNAの違いを広く調べる一方、まれな変異を詳しく調べる研究もあります。全エクソーム解析は主にタンパク質の設計図に当たる部分を、全ゲノム解析はそれ以外の領域も含めて読み取る方法です。

本人と父母の3人を比較する方法をトリオ解析といいます。親から受け継いだ変異と、本人に新しく生じた可能性のある変異を区別する手がかりが得られます。新しく生じた変異は、de novo変異(新生変異)と呼ばれます。

2021年、理化学研究所などの研究グループは、過去の研究も含めた354家系のトリオデータを解析し、双極症に関わる新生変異を調べた成果を発表しました。親から受け継いだ変異とは異なる、全身の細胞に広がる新生変異と、受精後に生じて一部の細胞だけに存在する変異の双方から、病態に関わる手がかりが得られました。[10,22]

この研究では、「双極性障害研究ネットワーク」を通じた当事者、家族、医師の協力により、血液や唾液などの試料と臨床情報が集められました。本人だけでなく家族の参加があってこそ、変異がどのように生じたかを比較できます。研究の成果は、こうした協力の積み重ねでもあります。[22]

ただし、両親の血液に見つからない変異が、必ず病気の原因であるとは限りません。検出の限界や、一部の細胞だけに存在する変異も考慮する必要があります。遺伝研究は、本人や家族の責任を問うためのものではありません。

10 脳そのものを調べる死後脳研究

血液や唾液からDNAを調べても、脳の中で遺伝子が実際にどう働いているかまでは分かりません。MRIなどの画像研究は、生きている人の脳を繰り返し調べられる一方、個々の細胞の分子変化を詳しく調べることには限界があります。

亡くなった方から提供された脳組織を調べる死後脳研究では、細胞の状態や、RNA、タンパク質などを直接調べられます。RNAは、遺伝子の情報を使う過程でつくられる分子です。ブレインバンクは、提供された脳組織を、診断や治療歴などの情報とともに適切に保存し、研究に役立てる仕組みです。[11]

動物や培養細胞は、ある仕組みを操作して検証するうえで欠かせません。しかし、人の躁とうつの体験や長年の経過を、そのまま再現することはできません。ヒトの脳を調べる研究は、モデル研究の結果が実際の病態とどこまで対応するかを確かめる役割も担います。

死後脳にも限界があります。薬、身体の病気、死亡前の状態、死後の時間、組織の保存状態などが結果に影響します。観察された違いが発症に先立つものか、病気や治療の結果なのかも、死後脳だけでは区別しにくい場合があります。そのため、画像や臨床経過、遺伝研究と組み合わせることが重要です。

11 脳の細胞を分けて調べる

脳には、情報を伝える神経細胞だけでなく、神経活動を支えるアストロサイト、免疫に関わるミクログリア、神経線維を包む髄鞘をつくるオリゴデンドロサイトなどがあります。組織をまとめて調べると、どの細胞の変化なのかを区別しにくくなります。

単一細胞解析は一つひとつの細胞を、単一核解析は細胞の核を分けて調べる方法です。凍結された死後脳などでは、核を取り出してRNAを読むsingle-nucleus RNA sequencingが用いられます。細胞の種類ごとに、どの遺伝子の働きが変化しているかを比較できます。

2026年には、双極症と大うつ病の死後脳について、単一核解析と組織全体の遺伝子発現解析を組み合わせた研究も報告されています。[12] 前半で紹介した、うつ病と双極症を区別する診断の歴史は、ここで再び病態研究とつながります。臨床上の分類を手がかりに、共通する変化と、それぞれに特徴的な変化を調べる研究です。

ただし、RNAの量を測ることは、神経活動やタンパク質の働きをすべて測ることと同じではありません。細胞の種類や領域を絞ることで、次に検証すべき問いを具体的にしていく研究です。

12 脳の一部だけにある変異と研究の統合

人のDNAは、身体のすべての細胞で完全に同じとは限りません。受精後の細胞分裂の途中で変異が生じると、一部の細胞だけがその変異を持つことがあります。これを体細胞モザイクといいます。

脳の一部に限られる変異は、血液からは見つからない可能性があります。2025年には、双極症の死後脳の視床室傍核を詳しく解析し、神経発達やミトコンドリアに関わる遺伝子のモザイク変異を調べた日本の研究が報告されました。[13] 前章の2026年の研究がRNAから遺伝子の働きを調べたのに対し、こちらはDNAの変異を調べた研究です。

これは、ゲノム研究と死後脳研究が結びつく例です。ただし、脳にある変異がすべて病気に関係するわけではありません。まれな変異については、別の集団での再現や、細胞・動物モデルによる働きの検証が必要です。

現在の最前線では、DNA、RNA、タンパク質、代謝物などを広く調べるオミックス研究を、臨床情報と結びつけようとしています。遺伝子と細胞の変化、脳の回路、睡眠や生活リズム、長期の経過を照らし合わせることで、病態を説明する仮説を検証します。

これらの方法は、GWASからトリオ解析、死後脳へと必ず順番に進むものではありません。それぞれ違う問いに答え、互いの結果を確かめる関係にあります。炎症やミトコンドリアなども、すべての当事者に共通する一つの原因と決まったわけではなく、どの人に、どの時期に、どう関与するかが研究されています。

終章 研究を未来へつなぐ当事者と家族

日本の研究基盤と参加という選択肢

日本には、日本ブレインバンクネットをはじめ、脳組織と臨床情報を研究につなぐ取り組みがあります。一方、その公式案内では、国内の試料の蓄積がまだ十分ではないことも示されています。[11] さまざまな遺伝的背景や医療環境を持つ人々を研究することは、結果を広く役立てるうえでも重要です。

研究の基礎となる血液、DNA、症状、治療歴、長期の経過は、研究者だけで集めることはできません。当事者と家族が、それぞれの希望や状況に応じて参加することで、病気を理解するための資料が積み重なります。

参加には、血液や唾液を提供する研究、本人と両親で参加する研究、経過を継続して記録する研究、ブレインバンクなど、さまざまな形があります。当事者が、研究課題の選び方や説明文の分かりやすさ、結果の伝え方について意見を届けることも、研究をともにつくる方法です。

研究に参加しても、本人の治療にすぐ役立つとは限りません。また、参加は恩返しや義務ではありません。参加する選択も、参加しない選択も尊重されることが大切です。

関心があるときは、研究の目的、負担、個人情報の扱い、結果の返却、同意の撤回について、実施機関の説明を確認できます。家族の参加が必要な研究では、家族自身の意思も尊重されます。ブレインバンクの登録や提供の手順は施設によって異なるため、本人の希望に加え、家族との話し合いや実施条件の確認も必要になります。

実際に研究へ協力するには

関心がある方は、まず公式の参加案内を読み、窓口に相談するところから始められます。以下は2026年10月7日に確認した案内です。募集状況や条件は変わることがあるため、申し込みの際には各機関の最新情報を確認してください。

研究参加の窓口と最初の一歩
協力の形公式案内・窓口最初の一歩
本人のゲノム研究順天堂大学:患者さんご本人の研究参加案内
bipolar@juntendo.ac.jp
双極症と診断されている方の参加案内です。メールで問い合わせ、説明資料を受け取ります。案内では、電話での聞き取りと、郵送のキットによる唾液提供が示されています。[25]
本人と家族のゲノム研究順天堂大学:患者さんご本人とご家族の研究参加案内
bipolar@juntendo.ac.jp
本人と両親の参加を中心とする案内です。家族それぞれの希望を確認して問い合わせます。本人・母・きょうだいなど、別の組み合わせについても案内があるので、参加できる家族の状況を相談できます。[26]
ブレインバンクの生前登録東北精神疾患ブレインバンク:生前登録・資料請求
info@fmu-bb.jp
精神疾患のある方・ない方の協力を受け付けています。まず資料を請求し、登録の意味、居住地域での対応、亡くなった後の手順を相談します。家族や主治医とも話し合いながら考えられます。[27]
地域のブレインバンクを探す日本ブレインバンクネット:登録案内・各施設へのリンク案内から各施設の窓口を確認します。対象となる疾患、地域、登録や提供の条件は施設ごとに異なるため、直接問い合わせて確認します。[11]

ゲノム研究は、説明を読んでから同意する

順天堂大学の案内では、問い合わせ後に資料と唾液採取キットを受け取り、電話での聞き取りを経て、同意文書や臨床情報とともに試料を返送する流れが示されています。遠方や別居の家族も参加できる方法です。まず説明書を読み、不明な点を担当者に尋ねてから判断してください。[25,26]

このゲノム研究は、個人の診断をする検査ではなく、個別の解析結果は開示されないと案内されています。自分の治療に直ちに役立つ結果を受け取る参加とは異なります。目的、負担、個人情報の扱い、同意の撤回についても確認できます。[25,26]

ブレインバンクは、本人の希望と家族の理解をつなぐ

生前登録は、亡くなった後に脳を研究へ提供したいという希望を、元気なうちから伝えるための仕組みです。登録だけで提供が自動的に行われるわけではなく、実際の提供には亡くなった後のご遺族の同意や、施設の実施条件の確認が必要です。資料を取り寄せ、急いで決めずに、本人、家族、主治医、窓口で話し合うことができます。[11,27]

研究への協力は、試料の提供だけに限りません。研究の説明を読みやすくすること、当事者の暮らしに合った研究課題を考えること、成果を社会へ伝えることにも、当事者と家族の経験が役立ちます。自分に合う形を選び、参加しないという意思も同じように尊重されることが大切です。

黒胆汁説の時代から、気分の病気を説明する問いは続いてきました。今は、多数の人のゲノムや、一つひとつの脳細胞を調べられるようになっています。それでも、病気の仕組みを理解し、よりよい医療につなげるには、異なる研究の結果を確かめ合い、当事者の長い経過や暮らしと結びつける必要があります。研究者と当事者、家族が、その歩みをともに支えています。

参考文献・資料

本文の番号に対応しています。歴史の記述では、当時の疾患概念と現在の診断を区別しています。研究論文は代表例として挙げており、すべての研究を網羅するものではありません。研究紹介・参加案内の公開資料の確認日:2026年10月7日。また、歴史や臨床像に対しては原著者の解釈を含む箇所が存在します。

  1. NIMH. Bipolar Disorder. 原因と治療についての一般向け情報。
    原典・公式資料を読む
  2. Hippocrates. Aphorisms 第6節。古代のメランコリアの記述。
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  3. Hippocrates. On the Sacred Disease 第1節。心の状態と脳についての記述。
    原典・公式資料を読む
  4. Kraepelin E. Manic-depressive insanity and paranoia. 英訳版 1921. 原典公開版。
    原典・公式資料を読む
  5. Schildkraut JJ. The catecholamine hypothesis of affective disorders: a review of supporting evidence. Am J Psychiatry. 1965;122:509–522.
    原典・公式資料を読む
  6. NIMH. Largest Study of Its Kind Implicates Gene Abnormalities in Bipolar Disorder. 2008. CACNA1Cなどの研究紹介。
    原典・公式資料を読む
  7. 理化学研究所. 双極性障害におけるミトコンドリアとセロトニンの関係. 2018年6月11日. モデル動物研究の紹介。
    原典・公式資料を読む
  8. O’Connell KS, et al. Genomics yields biological and phenotypic insights into bipolar disorder. Nature. 2025.
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  9. NIMH. Looking at My Genes: What Can They Tell Me About My Mental Health? 遺伝情報の解釈と限界。
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  10. Systematic analysis of exonic germline and postzygotic de novo mutations in bipolar disorder. Nat Commun. 2021;12:3750.
    原典・公式資料を読む
  11. 日本ブレインバンクネット. ブレインバンク登録のお願い/ブレインバンクマニュアル 第1版。
    原典・公式資料を読む
  12. Postmortem brain single-nucleus and bulk gene expression analyses identify shared and distinct abnormalities in bipolar disorder and major depressive disorder. Transl Psychiatry. 2026;16:442.
    原典・公式資料を読む
  13. Mosaic variants of neurodevelopmental and mitochondrial genes in postmortem paraventricular thalamus in bipolar disorder detected by deep exome sequencing. Psychiatry Clin Neurosci. 2025.
    原典・公式資料を読む
  14. Kendler KS. Kraepelin’s final views on manic-depressive Illness. J Affect Disord. 2021;282:979–990. クレペリン晩年の原文・症例の英訳と検討。混合状態の位置づけを確認。
    原典・公式資料を読む
  15. Perris C. Abnormality on Paternal and Maternal Sides: Observations in Bipolar (Manic-Depressive) and Unipolar Depressive Psychoses. Br J Psychiatry. 1971;118(543):207–210. 研究を担った研究者による論文。レオンハルト(1957)、アングスト・ペリス(1966)の位置づけを確認。
    原典・公式資料を読む
  16. Angst J. Zur Ätiologie und Nosologie endogener depressiver Psychosen: Eine genetische, soziologische und klinische Studie. Berlin, Heidelberg: Springer; 1966. 単極性・双極性の区別に関わる原著。
    原典・公式資料を読む
  17. Perris C. A study of bipolar (manic-depressive) and unipolar recurrent depressive psychoses. I. Genetic investigation. Acta Psychiatr Scand Suppl. 1966;194:15–44. 単極性・双極性の家族研究。
    原典・公式資料を読む
  18. Dunner DL, Gershon ES, Goodwin FK. Heritable factors in the severity of affective illness. Biol Psychiatry. 1976;11(1):31–42. 双極Ⅰ型・Ⅱ型の経過と家族歴を比較した代表的原著。
    原典・公式資料を読む
  19. Dunner DL. A review of the diagnostic status of “Bipolar II” for the DSM-IV work group on mood disorders. Depression. 1993;1(1):2–10. DSM-IVに向けた診断概念の検討。参考文献に1970年の学会報告を収載。
    原典・公式資料を読む
  20. American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th ed. Washington, DC: American Psychiatric Association; 1994. 双極Ⅱ型障害を独立した診断として収載。確認用公開資料:SAMHSA. Impact of the DSM-IV to DSM-5 Changes on the National Survey on Drug Use and Health. 2016. Table 3.23(双極Ⅱ型の診断基準比較)。
    原典・公式資料を読む
  21. American Psychiatric Association. What Are Bipolar Disorders? 現在のⅠ型・Ⅱ型と軽躁についての一般向け情報。
    原典・公式資料を読む
  22. 理化学研究所. 双極性障害に先天的・後天的デノボ変異がともに関連. 2021年6月22日.
    原典・公式資料を読む
  23. 順天堂大学. 双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定 ―患者死後脳の単一核RNA解析から―. 2026年1月15日.
    原典・公式資料を読む
  24. Nishioka M, et al. Disturbances of paraventricular thalamic nucleus neurons in bipolar disorder revealed by single-nucleus analysis. Nat Commun. 2026;17:1338. 2026年1月7日公開.
    原典・公式資料を読む
  25. 順天堂大学 気分障害分子病態学講座・精神医学講座. 研究参加のご案内(患者さんご本人).
    原典・公式資料を読む
  26. 順天堂大学 気分障害分子病態学講座・精神医学講座. 研究参加のご案内(患者さんご本人とご家族).
    原典・公式資料を読む
  27. 東北精神疾患ブレインバンク. ブレインバンク・生前登録・資料請求の案内.
    原典・公式資料を読む
  28. 内海健. 双極Ⅱ型障害という病―改訂版うつ病新時代. 勉誠出版; 2013. 歴史を学ぶ出発点となった書籍。リンク先は出版社の紹介・目次。
    原典・公式資料を読む
  29. 内海健. 双極スペクトラムの背景. 精神神経学雑誌. 2009;111(6):630. 学会抄録の公開PDF。
    原典・公式資料を読む
  30. 内海健. ヒポマニーの精神病理―4つのスペクトラムによる変奏. 精神医学. 2018;60(7):707–718. doi:10.11477/mf.1405205630. 本稿では公開されている導入部を参照。本文全体は有料閲覧。
    原典・公式資料を読む

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