双極症の心理教育:NGワードを超えて「なぜ」を考える 番外編 専門用語にも「NGワード?」

NGワードを超えて・番外編 専門用語にも「NGワード?」 NGワードを超えて、「なぜ」を学ぶ 番外編
――言葉を変えれば、問題は解決するのでしょうか
これまでの「NGワードを超えて」シリーズでは、「頑張れ」「躁なんじゃない?」「もう元気そうだね」など、日常会話の中で問題になりやすい言葉を取り上げてきました。
そこで繰り返し考えてきたのは、「この言葉はダメ」と覚えるのではなく、「なぜその言葉が問題になったのか」を考えることでした。
では、医療や福祉の専門用語そのものはどうでしょうか。双極性障害は差別的なの? 双極症ならOK?
病名や障害に関する用語は、医学の進歩だけでなく、当事者への配慮、社会的偏見、制度、言語の問題などを背景として見直されてきました。
今回は、本編の考え方を少し広げて、専門用語・疾患名・公的表記に存在する「NGワード?」について考えてみます。
今回の目的は、「昔の言葉は悪い、新しい言葉は良い」と判定することではありません。
名称変更で改善することがあります。一方で、名称を変えることで新しい混乱や不便が生じることもあります。
だからこそ、なぜ変えるのか、何が改善するのか、何が残るのか、新しい問題は生じないかまで見てみたいと思います。
1.NGワードは、どこにでも生まれます
差別的な言葉と聞くと、最初から人を侮辱するために作られた言葉を想像しがちです。
しかし、もともとは医学的・行政的に中立な名称でも、社会の中で使われるうちに、否定的な意味が付着することがあります。
中立的な名称
↓
病気や属性への社会的イメージが付く
↓
名称そのものが否定的に受け取られる
↓
新しい名称へ変更する
↓
社会的認識が変わらなければ、新名称にも同じイメージが付く?
NGワードは、単なる「悪い単語の一覧」ではなく、人と社会との関係の中で生まれるものなのかもしれません。
2.個人なら調整できても、公的な名称の統一は難しい
個人同士なら、「私はこの呼び方が苦手です」と言われた時に、その人の希望する呼称へ変更することができます。
しかし、行政、医療機関、学校、学会、論文、報道などでは、一つの言葉を多くの人が共有します。そこで全員が納得する名称を決めるのは、はるかに難しくなります。
「障害」「障碍」「障がい」――配慮すれば一つに決まる?
「障害」という表記では、「害」の字が人そのものを害と表しているように感じるという意見があります。
一方で、「障碍」の方が本来の意味に近いという立場、「障がい」という交ぜ書きを使う立場、法令・公用文との統一を重視する立場などがあります。
文化庁の国語分科会でも長く検討されていますが、「これが唯一の正しい表記」と全国的に統一されたわけではありません。
- 当事者が「害」という字に苦痛を感じる。
- 「碍」の意味を重視する。
- 「障がい」の方が柔らかく感じる。
- 交ぜ書きは言語として不自然だと考える。
- 法律・制度名との統一を重視する。
- 検索やデータ処理では表記統一が望ましい。
配慮を重視すれば、自然に正解が一つに決まるとは限りません。
3.名称変更で大きく改善する場合もあります
「精神分裂病」→「統合失調症」
日本精神神経学会は2002年、「精神分裂病」という病名を「統合失調症」に変更しました。
旧病名には「精神そのものが分裂している」と受け取られやすい問題や、人格否定的な印象、本人へ病名を伝えにくいという問題が指摘されていました。
この変更は単なる言葉の美化ではなく、病気の理解や疾病モデルをより適切なものへ転換する意味も持っていました。
名称変更には、少なくとも異なる目的があります。
- 名称そのものに含まれる侮蔑性・誤解を修正する。
- 医学的な疾病概念をより正確にする。
- 本人が診断や治療を受け入れやすくする。
- 社会的スティグマを減らす契機とする。
「痴呆」→「認知症」
厚生労働省は2004年、「痴呆」に替わる用語として「認知症」を採用しました。
検討では、「痴呆」という語が侮蔑的な意味で使われることや、尊厳を欠く表現として受け止められることが問題とされました。
厚生労働省はその後、「単なる呼称変更にとどまらず」、認知症についての正しい理解を社会に広げることを掲げています。
ここにも、名前だけを変えるのでは十分ではないという考え方を見ることができます。
「精神薄弱」→「知的障害」
「精神薄弱」という用語についても、「精神全般が弱い、あるいは人格そのものに欠陥があるような印象を与える」「不快語・差別語である」といった問題が整理され、「知的障害」へと変更されました。
この例では、旧称そのものが対象となる人をどのように表現しているかが、大きな問題になっています。
4.名称変更は、別の不便も生みます
「躁うつ病」「双極性障害」「双極症」――三つの言葉を知る必要がある
双極症の領域では、時代や文書によって「躁うつ病」「双極性障害」「双極症」という名称が使われています。
現在の日本うつ病学会のガイドラインも「双極性障害(双極症)」という表記を用いています。
名称の更新には医学的・社会的背景があります。しかし、情報を探す当事者、家族、医療者には別の課題が生じます。
最新の「双極症」だけで検索すると、「躁うつ病」「双極性障害」として蓄積されてきた過去の重要資料を取りこぼす可能性があります。
したがって現在、双極症について広く調べようとすれば、実質的には複数の名称を知っておく必要があります。
これは単なる呼び方の問題ではなく、情報アクセシビリティ、文献検索、過去の知識との連続性の問題です。
再び「障害」「障碍」「障がい」――検索するときはどうする?
同じことは表記揺れでも起こります。
人間なら「障害」「障碍」「障がい」が同じテーマを指していると理解できます。しかし、すべてのサイト内検索、データベース、行政システムが完全に同義語として処理してくれるとは限りません。
配慮を目的に表記が増えた結果、別の場面では必要な情報に届きにくくなる可能性があります。
5.偏見を減らすために名称を変える――それだけで十分?
「糖尿病」→「ダイアベティス」という提案
JADEC(日本糖尿病協会)と日本糖尿病学会は、糖尿病にまつわるスティグマを減らすアドボカシー活動を進めています。
その中で2023年、新たな呼称として「ダイアベティス」が提案されました。
背景には、「糖尿病」という名称が病態を十分に表していないことや、糖尿病が生活習慣だけで生じるかのような誤解、自己責任論などの問題があります。
では、「糖尿病」という名前を「ダイアベティス」に変えれば、偏見そのものはなくなるのでしょうか。
社会の側に「本人の自己管理の問題」という誤った認識が残っていれば、やがて新しい名称にも同じイメージが付く可能性があります。
実際、糖尿病領域のアドボカシー活動でも、呼称だけではなく、糖尿病について正しく知ってもらうことが重視されています。
6.では「メタボ」はどうでしょう?――中立的な専門用語も変化する
「メタボリックシンドローム」→日常語の「メタボ」
ここで、少し身近な例を考えてみましょう。
「メタボリックシンドローム」は医学的な概念です。厚生労働省も、内臓脂肪の蓄積に加え、血圧、血糖、脂質などの複数のリスクが重なった状態として情報提供しています。
また、特定健康診査は、メタボリックシンドロームに着目して生活習慣病の予防につなげる制度として実施されています。
ところが一般社会では、「メタボ」という短縮形が、医学的な意味を離れて使われることがあります。
「最近メタボじゃない?」
「メタボ体型だね」
このように、体型への評価や冗談として使われる場面を目にすることがあります。
ここでは「メタボの方が糖尿病より社会的に差別的だ」と断定しているわけではありません。
その比較には実証的な調査が必要です。ここで注目したいのは、医学的には中立な専門用語であっても、社会に広まる過程で別の意味を帯びることがある、という点です。
もともと「メタボリックシンドローム」という言葉自体が、人を侮辱するために作られたわけではありません。
それでも、
医学的な状態を表す専門用語
↓
一般社会へ広がる
↓
「メタボ」という短縮語になる
↓
体型を表す言葉として使われる
↓
場合によっては「自己管理できない人」という人格評価まで付着する
という変化が起こり得ます。
これは大切な反例です。
どれほど中立的で医学的に正確な名称を作っても、その言葉が社会でどのような意味を獲得するかまで、完全にコントロールすることはできません。
「病気の説明」が「人の評価」に変わるとき
さらに注意したいのは、医学的な状態を表す言葉が、人そのものを評価する言葉へ変わることです。
| 状態を説明する | 人全体を評価する方向へ |
|---|---|
| メタボリックシンドロームに該当する | 「メタボな人」→だらしない、自己管理できない、などの連想 |
| 躁状態にある | 「あの人は躁だから」→判断を信用できない、という一般化 |
| 認知症がある | 「認知症の人だから」→本人の意思をすべて無効とみなす |
専門用語が問題なのではなく、病気の一側面を、その人全体の評価へ広げてしまうことが問題になる場合があります。
7.「名前」と「名前から思い浮かべるもの」は別です
ここまでの話を少し抽象化してみます。
私たちは言葉を聞いた時、文字や音だけではなく、その言葉について持っている知識、経験、偏見、社会的イメージも同時に受け取ります。
| 名称 | 名称に付着し得る社会的な意味 |
|---|---|
| 統合失調症 | 病態についての正しい理解だけでなく、「怖い」などの誤ったイメージ |
| 障害 | 社会的障壁という理解と、人そのものの能力への誤った評価 |
| 糖尿病 | 慢性疾患としての理解と、「自己責任」という誤解 |
| メタボ | 医学的リスクの概念と、体型・自己管理への評価 |
| 双極症 | 躁・軽躁・抑うつという医学的概念と、人物像へのステレオタイプ |
言葉を変えることと、その言葉に付着している社会的な意味を変えることは、同じではありません。
8.名称変更は「良い/悪い」ではなく、目的と影響を見る
| 名称変更・表記変更の主な目的 | 期待されること | 同時に考えたいこと |
|---|---|---|
| 旧称の侮蔑性を減らす | 本人の尊厳、告知しやすさ | 偏見そのものは残っていないか |
| 医学的概念を正確にする | 病態理解の改善 | 一般社会に新名称が浸透するまでの混乱 |
| スティグマを軽減する | 社会的受容の改善 | 新名称に同じ偏見が移らないか |
| 本人が受け入れやすい言葉にする | 心理的負担の軽減 | 希望する言葉には個人差がある |
| 配慮された表記を採用する | 不快感の軽減 | 表記揺れ、検索性、制度名との不一致 |
良い目的で行われる変更にも、不利益やコストがあり得ます。
それを指摘することは、名称変更そのものを否定することではありません。
9.「良い言葉」「悪い言葉」だけで考えない
ここで本編の「NGワードを超えて」に戻ります。
本編では、「頑張れ」を別の安全な単語に交換すれば解決する、とは考えませんでした。
「なぜその言葉が問題になったのか」「本当に伝えたいことは何だったのか」「相手にはどう聞こえたのか」を考えました。
専門用語についても、同じ問いを使えます。
- なぜ、この名称が問題になったのか。
- 何を改善するために変更するのか。
- 実際に何が改善したのか。
- 新しい問題は生じなかったか。
- 名称だけでなく、その病気への認識は変わったか。
10.完全に安全な言葉がないなら、どうすればよいのでしょうか
現在の正式名称や、その人が希望する呼称を知り、できる範囲で尊重することは大切です。
しかし、すべての人が永久に納得する「完全な言葉」を作ることは難しいでしょう。
真心とは、「自分には悪意がなかった」と主張することではなく、その言葉が相手にどう届いたかまで気にかけること。
自分では適切だと思っていた言葉について「私はその呼び方が嫌です」と言われたなら、その理由を聞くことができます。
逆に、知らずに旧称を使った人を即座に「差別的な人」と断定する前に、なぜその言葉を使ったのかを確かめられることもあります。
双方に「なぜ」を向ける。
これが、本シリーズで繰り返し考えてきた姿勢です。
まとめ――言葉を大切にすることと、言葉を善悪に分けることは違います
専門用語や疾患名にも「NGワード?」は存在します。
名称を変えることで、侮蔑的な意味が減り、疾病概念が改善し、本人が受け入れやすくなることがあります。
一方で、公的用語を全員が納得する形へ統一することは難しく、表記揺れや検索性の低下、過去資料との断絶などの新しい問題も生じます。
さらに、どれほど中立的な専門用語でも、「メタボ」のように社会の中で新しい意味を帯びることがあります。
だから大切なのは、「この言葉は良い/悪い」だけで判断しないことです。
なぜ変えるのか。何が改善するのか。何が残るのか。新しい不便は生じないか。そして、その言葉の向こう側にある私たちの認識は変わったのか。
言葉を変えることは、ときに必要です。
しかし、本当に変えなければならないのは、言葉だけなのでしょうか。
資料編 医療・福祉で見直されてきた名称・表記の例
最後に、今回の考察に関係する代表例を整理します。
注意したいのは、以下がすべて「差別的だから名称変更された」という一覧ではないことです。医学的概念の更新、当事者への配慮、社会的スティグマ、制度上の事情など、背景はそれぞれ異なります。
A.正式に名称変更された代表例
| 旧称 | 現在の名称 | 変更時期・背景 | このコラムでの論点 |
|---|---|---|---|
| 精神分裂病 | 統合失調症 | 2002年、日本精神神経学会が変更。旧称の人格否定的な印象、告知の困難、疾病概念の見直しなど。 | 名称と疾病概念の双方を変える例 |
| 痴呆 | 認知症 | 2004年、厚生労働省の検討会を経て変更。侮蔑的な受け取られ方や尊厳への配慮が大きな論点。 | 名称変更+社会への正しい理解の普及 |
| 精神薄弱 | 知的障害 | 1990年代に法令等で変更。「精神全般が弱い」と受け取られること、人格否定的なニュアンス、不快語・差別語との批判など。 | 旧称そのものの意味が問題となった例 |
B.複数名称・表記を意識する必要がある例
| 用語 | 現在の状況 | 実務上の論点 |
|---|---|---|
| 躁うつ病/双極性障害/双極症 | 時代や資料によって名称が異なる。現在も「双極性障害(双極症)」等の併記が見られる。 | 旧資料・新資料を横断するには複数語で検索する必要がある。 |
| 障害/障碍/障がい | 法令では「障害」が基本だが、自治体や組織によって別表記も使われる。 | 当事者への配慮、言語観、法令との整合性、検索性が競合する。 |
C.名称変更が提案・議論されている例
| 現在の名称 | 提案・議論 | 背景 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 糖尿病 | 「ダイアベティス」が新たな呼称として提案 | 病態を十分に表さない名称、生活習慣だけが原因という誤解、スティグマの軽減など。 | 呼称変更はゴールではなく、社会的な理解の改善が不可欠。 |
D.名称は変わらなくても、社会的意味が変化する例
| 専門用語 | 医学的な意味 | 社会で起こり得る意味の変化 |
|---|---|---|
| メタボリックシンドローム | 内臓脂肪蓄積に複数の代謝リスクが重なった状態 | 「メタボ」という短縮語が、体型や自己管理能力への評価として使われる場合がある。 |
こうして並べると、名称の問題は一種類ではないことが分かります。
「旧称が悪かったから新称に変えた」という単純な歴史ではありません。
だからこそ、個々の用語について、「なぜその変更が必要だったのか」を確認することが大切です。
参考資料
- 日本精神神経学会.「精神分裂病」から「統合失調症」への呼称変更の経緯.
https://www.jspn.or.jp/modules/advocacy/index.php?content_id=58 - 厚生労働省.「痴呆」に替わる用語に関する検討会 報告書.2004年.
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1224-17.html - 厚生労働省.これまでの用語変更事例(「精神薄弱」→「知的障害」等).
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0621-5f.html - 文化庁.「障害」の表記に関する国語分科会の考え方.2021年.
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/92882603.html - 日本うつ病学会.「日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023」.
https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyoku2023.pdf - JADEC(日本糖尿病協会).日本糖尿病学会・JADEC合同アドボカシー活動/「ダイアベティス」提案.
https://www.nittokyo.or.jp/modules/about/index.php?content_id=46 - 厚生労働省 e-ヘルスネット.メタボリックシンドロームの診断基準/特定健診・特定保健指導.
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/metabolic/m-01-003.html
※本稿は特定の病名・表記の使用を支持または否定することを目的としたものではありません。法令、制度、診療、研究では、それぞれの正式名称・推奨表記に従う必要があります。「メタボ」の社会的使用については、本稿では身近な言葉の意味変化を考える事例として提示しており、「糖尿病」等と比べて差別性が強いと実証的に結論づけるものではありません。
双極症の動画図書館シリーズについて
双極症の動画図書館シリーズは、YouTube動画とWeb解説コラムで構成しています。
- YouTube動画はテーマごとに要点を5分程度の短い動画でまとめています。
- Web解説コラムはYouTube動画と対応して、動画の解説、補足説明をしています。

https://shinrikyoiku.com/2026/08/11/guide01/

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 副理事長
認定専門公認心理師
社会福祉士
国際双極症学会 評議員
木野内南(布団ちゃん)

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長
薬剤師
藤田剛(窓師)
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