双極症(躁うつ病)をカミングアウトした著名人たち


NPO法人ネット心理教育ピアサポート 代表 薬剤師
藤田 剛(窓師)
陽と陰の間で、人生を積み重ねた人たちへ
この記事で伝えたいこと
本稿では、双極症や躁うつ病の経験を公表してきた著名人を紹介します。以前に公開したコラム「あの偉人はなぜ双極症と言われるのか?その理由」とは違う角度から著名人の生き方に踏み込みました。取り上げたのは基本的に双極症(双極性障害)と診断された方で、自分が双極症であることをカミングアウトされた方です。従って、近現代、私たちと同時代を歩んだ/歩んでいる方が多くなっています。今回のコラムの目的は、病気を美化することではありません。病気を抱えながら、それでも人生を積み重ねてきた人たちの姿から、双極症への理解を少し深めることを意識しました。なお、各人物の受け止め方には、公開情報をもとにした筆者個人の読み取りも含まれます。その点をご理解いただければ幸いです。

はじめに
双極症は、かつて「躁うつ病」と呼ばれていた病気です。気分が大きく高ぶる時期と、深く落ち込む時期を繰り返すことがあります。
この病気について語るとき、私たちはつい「躁」と「うつ」を、明るさと暗さ、陽と陰のようにイメージしてしまうかもしれません。
けれど、ここでいう「陽」は、単純に楽しい状態という意味ではありません。躁状態や軽躁状態では、本人の中ではエネルギーが高まっているように感じられても、睡眠が減り、判断が急ぎ足になり、人間関係や生活に大きな負担がかかることがあります。
一方で、うつ状態では、世界から色が消えたように感じたり、動きたくても動けなかったりすることがあります。
双極症は、ただ「明るい時期」と「暗い時期」がある病気ではありません。その間で揺れながら、自分を保ち、生活を続け、人との関係をつなぎ直していく病気でもあります。
「ああ、この人は、陽と陰の間で苦しみぬいて、それでも人生を積み重ねてきたんだなあ」
国内外には、自分の双極症や躁うつ病の経験を公表してきた著名人がいます。ここでは、病気を美化するためではなく、病気を抱えながら生きてきた人たちの姿から、双極症への理解を少し深めるために紹介します。
中島らもさん

ユーモアの奥にあった、苦しみと生きる力
作家の中島らもさんは、著書『心が雨漏りする日には』で、自身の躁うつ病体験を綴っています。
中島らもさんの文章には、独特のユーモアがあります。深刻なことを、あえて少し斜めから、笑いを交えて語るようなところがあります。
けれど、その奥には、決して軽くは扱えない苦しみがあります。うつに襲われる時期。死に近づいてしまうほど追い詰められた時期。そして、躁へと転じて生活が大きく揺さぶられる時期。
その人生は、単に「破天荒だった」とまとめられるものではありません。陽と陰の間で揺れながら、自分の感覚を言葉にし、生きることのしんどさを、読む人に差し出してくれた人だったように思います。
中島らもさんについて考えるときに大切なのは、病気と才能を安易に結びつけないことです。「双極症だから面白い文章が書けた」のではありません。病気の苦しみを抱えながら、それでも言葉にする力を持ち続けた。そこに、今読んでも大切な意味があるのだと思います。
北杜夫さん
病名を語ることが難しかった時代に、躁うつ病を社会に知らせた人
作家であり精神科医でもあった北杜夫さんは、躁うつ病の当事者としても知られています。
現在よりも、精神疾患について語ることがずっと難しかった時代に、北さんは自分の病気について語りました。それは、簡単なことではなかったはずです。
北さんの躁状態のエピソードは、しばしばユーモラスに語られます。けれど、家族や周囲にとっては、大変な出来事も多かったはずです。本人にとっても、あとから振り返ったときに、深い疲れや痛みが残ったこともあったでしょう。
北杜夫さんの姿から考えたいのは、「躁うつ病を明るく語った面白い作家」ということだけではありません。実は北杜夫さんはうつの状態についての重い作品をいくつも遺されています。また、北杜夫さんの代表作ともいえる「どくとるマンボウ」シリーズでは、描かれた時期の心の状態と執筆時の心の状態が複雑に織りなしています。例えば「どくとるマンボウ青春記」では明るく快活に展開するストーリーのラスト、うっすらと影が忍び込んでくるような寂しさを感じ取ったのは私だけでしょうか? 北杜夫さんは親しみやすい作品群とご本人の発信力で、病気を隠さず語ることで、社会の理解を少しずつ広げた人として見ることができます。
陽のように見える時期にも、陰のように沈む時期にも、本人と家族の生活があります。北さんの存在は、双極症を「外から見える派手な行動」だけで判断してはいけないことを教えてくれます。
キャリー・フィッシャーさん
「恥ではない」と語り続けた、世界的な当事者の声
『スター・ウォーズ』のレイア姫役で知られるキャリー・フィッシャーさんは、双極症について率直に語った俳優・作家の一人です。
彼女は、精神疾患を恥として隠すのではなく、自分の経験として語りました。依存症や治療の経験も含めて、きれいごとだけではない現実を語り続けました。
キャリー・フィッシャーさんの言葉には、痛みとユーモアが同居しています。明るく語っているように見えても、その背景には長い苦しみがあります。だからこそ、同じように病気を抱える人たちにとって、「自分だけではない」と感じられる声になったのだと思います。
彼女の姿は、双極症を「その人の弱さ」ではなく、支援と治療を必要とする健康課題として考える大切さを示しています。病気を抱えていても、人は誰かを勇気づける言葉を残すことができます。
マライア・キャリーさん
世界的な成功の陰にあった、長い沈黙とスティグマ
歌手のマライア・キャリーさんは、双極II型障害と診断されていたことを公表しました。
世界的に成功した人であっても、病気への不安や偏見から、長い間そのことを語れなかったとされています。ここには、双極症をめぐるスティグマ、つまり偏見や差別の問題があります。
「有名だから大丈夫」「成功しているから苦しくない」。外からは、そう見えてしまうことがあります。
けれど、人の内側で起きていることは、外からは簡単にはわかりません。華やかなステージの裏側にも、不安、孤独、治療、生活の調整があります。
マライア・キャリーさんの公表は、双極症を抱える人が感じやすい「知られたらどう思われるだろう」という怖さを、社会全体で少しずつ減らしていく必要があることを教えてくれます。
芹奈さん
若い世代に、「休んでもいい」と伝えた公表
元Little Glee Monsterの芹奈さんは、双極症とADHDの診断を公表しました。
公式発表では、本人とスタッフが話し合ったうえで、同じ病気を抱える人の力になれればという思いから病名を伝えたことが説明されています。とても若い年代で自身の精神疾患をオープンにするということには想像もつかない決意があったことでしょう。
若い世代にとって、活動を続けること、期待に応えること、周囲に心配をかけないことは、ときに大きな重圧になります。その中で、病名を公表し、休養と治療を選ぶことは、とても大切なメッセージになります。
「頑張り続けること」だけが、強さではありません。自分の状態を知り、必要なときに休み、治療につながることも、自分の人生を守るための強さです。
芹奈さんの公表は、双極症が特別な誰かだけの病気ではなく、若い人にも起こりうることを伝えています。そして、早く気づき、支えにつながることの大切さを考えるきっかけになります。
こっちのけんとさん
カミングアウトから、当事者へのエンパワーメントへ
シンガーソングライターのこっちのけんとさんは、双極症であることを公表しながら活動しているアーティストです。
彼の発信で特に大切だと感じるのは、病気を「隠すべきもの」としてではなく、「自分を理解するための情報」として語っているところです。
もちろん、公表することは簡単なことではありません。病名を伝えた瞬間から、周囲の見方が変わってしまうのではないか。自分の活動まで、病気と結びつけて見られてしまうのではないか。そうした不安もあったはずです。
それでも、こっちのけんとさんは、自分の経験を言葉にし、休むときには休むことの大切さを訴え、心の状態とつきあう工夫を伝えています。
頑張り続けることだけが正解ではありません。調子が上がりすぎたあとには、反動のように落ち込むこともあります。その波に気づき、活動をセーブすることは、逃げではなく、自分を守るための大事な判断です。
双極症を抱える人の中には、「休むと迷惑をかける」「自分だけが弱い」と感じてしまう人もいます。けれど、こっちのけんとさんの姿は、そうした人たちに向けて、静かにこう伝えているように見えます。
「自分の状態を知っていい」
「休むことを選んでいい」
「病気があっても、自分の人生を続けていい」
これは、当事者にとって大きなエンパワーメントです。エンパワーメントとは、その人が本来持っている力を取り戻し、自分の人生を選び直していくことです。
こっちのけんとさんに学ぶとき大切なのは、「病気を公表してすごい人」と持ち上げすぎることではありません。むしろ、病気と向き合いながら、休むことも、表現することも、生活を立て直すことも、同じ人生の一部として見せてくれている人として受け止めたいと思います。
陽と陰の間で揺れながらも、自分の言葉でその揺れを伝える。その姿は、今まさに気分の波に戸惑っている人にとって、「自分だけではない」と感じる手がかりになるのではないでしょうか。
著名人の公表から、私たちが受け取りたいこと
双極症を公表した著名人について考えるとき、注意したいことがあります。それは、病気を美化しないことです。また、才能や成功を病気だけで説明しないことです。
「双極症だから才能がある」「躁状態だからすごいことができる」「破天荒な人生だったのは病気のせい」。こうした言い方は、本人の努力や苦しみを見えにくくしてしまいます。また、双極症を抱える人に、余計な期待や偏見を押しつけてしまうこともあります。
大切なのは、病名をその人のすべてにしないことです。その人には、その人の人生があります。病気だけでは説明できない時間があります。
それでも、こうして公表してきた人たちの存在は、私たちに大切なことを教えてくれます。病気を抱えていても、人生は続いていく。苦しみながらも、人は言葉を残すことができる。休み、治療を受け、支えられながら、自分の生活を積み重ねていくことができる。
陽と陰の間で揺れる人生は、決して簡単ではありません。けれど、その揺れの中で生きてきた人たちの姿は、今つらい人にとって、静かな手がかりになるかもしれません。
ほかにも、双極症を公表・紹介された著名人
以下は、本人の発信、公式発表、信頼できる報道などで、双極症や双極性障害、躁うつ病について公表・紹介されている著名人の例です。扱う際は、本人の尊厳とプライバシーに配慮し、興味本位にならないよう注意してください。
| 名前 | 主な分野 | 紹介するときの視点 |
|---|---|---|
| セレーナ・ゴメスさん | 歌手・俳優 | 診断を知ることで、自分の状態への怖さが減ることを語った例。 |
| デミ・ロヴァートさん | 歌手・俳優 | 若い時期に診断を受け、メンタルヘルス啓発にも関わってきた例。 |
| スティーヴン・フライさん | 俳優・作家 | ドキュメンタリーを通じて、双極性障害への社会的理解を広げた例。 |
| キャサリン・ゼタ=ジョーンズさん | 俳優 | 双極II型障害の治療を受けたことが公表された例。 |
| ビービー・レクサさん | 歌手 | SNSで双極性障害を公表し、恥じないというメッセージを発信した例。 |
| ホールジーさん | 歌手 | 若い時期からメンタルヘルスの経験を語ってきた例。 |
| パティ・デュークさん | 俳優 | 双極性障害の診断後、メンタルヘルス啓発に取り組んだ先駆的な例。 |
| ジェーン・ポーリーさん | ニュースキャスター | 診断、治療、仕事への復帰について語った例。 |
| リチャード・ドレイファスさん | 俳優 | 双極性障害とともに生きる経験を公に語った例。 |
| ジャン=クロード・ヴァン・ダムさん | 俳優・武道家 | 診断や治療の文脈で紹介されることがある例。 |
| 泰葉さん | 歌手・タレント | 本人発信として扱える一方、報道文脈に引っ張られない配慮が必要な例。 |
| てんちむさん | YouTuber・タレント | 自己開示の例。ただし医学的診断名として紹介する際は慎重な表現が必要。 |
| 広末涼子さん | 俳優 | 医療機関からの診断結果が公表された例。事件・報道文脈と結びつけすぎない配慮が必要。 |
おわりに
双極症は、その人の人生をすべて説明する言葉ではありません。けれど、病気を知ることは、自分を責めすぎないための手がかりになります。今回紹介した人と自分を比較して卑下する必要はありません。人はそれぞれみんな違います。著名人の足跡を外側から見ただけで評価するのではなく、これら著名人の心のひだを慮っていただければ幸いです。このコラムは様々な双極症の方々の生き抜くさまをただありのまま伝えたいという思いで執筆しました。
著名人の公表は、興味本位で消費するためのものではありません。「こんなに多くの人が、見えないところで苦しみながら、それでも生きてきた」。そう受け止めることで、双極症へのまなざしは少し変わるのではないでしょうか。
もし今、自分の気分の波に不安がある方は、ひとりで判断しすぎず、主治医や専門職に相談してください。大切なのは、病名を怖がることではなく、自分を守るための情報と支えにつながることです。
今回、このコラムを書きながら、カミングアウトするかどうかについて悩み、なぜオープンにするのかという問いに明示的かどうかは別として、それぞれの方がそれぞれの答えを出したんだということに気が付きました。著名人だからと言ってカミングアウトするということは簡単なことではない、むしろそこには大きな苦しみが伴ったでしょう。近年、著名人のカミングアウトについて特に印象を受けるのは、Little Glee Monsterの芹奈さんやこっちのけんとさんのように、単に自分のためではなく、同じ当事者に向けた応援メッセージを伝えようという姿勢です。これは著名人だからできるというものではありません。逆に一般市民である私もそのようなマインドを忘れてはならないと思いました。
このテーマでコラムを書くことができたことに感謝いたします。
参考情報・確認元
- 厚生労働省 こころの耳「双極性障害(躁うつ病):用語解説」
- 青春出版社『心が雨漏りする日には』紹介ページ
- 厚生労働省 こころの耳「北杜夫さん」に関するインタビュー記事
- Sony Music / Little Glee Monster「芹奈に関するご報告」
- YouTube / B-side「こっちのけんとの “じょうずにやすもう”」
- B-side「My Tune, My Mind こっちのけんとさん 10/10世界メンタルヘルスデー特別編」
- MBSコラム「こっちのけんとが語った“活動セーブ”の理由と現状」
- The Guardian “Ask Carrie Fisher: I’m bipolar…”
- People “Mariah Carey: My Battle with Bipolar Disorder”
- Vogue “Selena Gomez Reveals Her Bipolar Diagnosis…”
この記事では、本人の著書・インタビュー・公式発表・信頼できる報道で確認できる範囲をもとに紹介しています。
治療法、症状のとらえ方は時代や文化と関連しています。紹介した著名人の著作、エピソードはあくまでも参考にとどめ、ご自身の診断や治療法については主治医の指示に従うようにしてください。
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