中島らもさんの肖像『心が雨漏りする日には』に思いをはせて(双極症を自分の言葉で語る)

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 理事長 藤田 剛(窓師)

この記事では、作家・中島らもさんの著作や公表されている情報に思いをはせながら、双極症とともに生きること、病を自分の言葉で語ることについて考えてみました。前回まとめたコラム『双極症(躁うつ病)をカミングアウトした著名人たち』を執筆するにあたり、作家の方については特に生きざまを辿れる資料が多く、別の個別のコラムにしたいと強く思いました。今回は中島らもさんについて考えてみました。

中島らもさんは、小説、エッセイ、戯曲、ラジオなど、幅広い分野で活躍した作家です。独特のユーモアと、どこか力の抜けた語り口の中に、人の弱さや心の揺れを鋭く見つめるまなざしがありました。
中島らも Wikipedia

『心が雨漏りする日には』は、らもさんが自身のうつや躁うつ病の体験、精神科への通院、薬との付き合い、日々の心の不調について綴った一冊です。医学的な解説書というよりも、病気とともに生きる人が、自分のしんどさを自分の言葉で語ろうとした記録として読むことができます。
「心が雨漏りする」という表現には、診断名だけでは言い表しにくい心の感覚が込められています。らもさんの言葉にふれることで、双極症やこころの不調を、単なる症状ではなく、一人の人間の体験として見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。

『心が雨漏りする日には』は、青春出版社の書誌ページで中島らもさんの著作として紹介され、内容紹介にも「30歳でうつ」「42歳で躁に転じた」ことなどが記載されています。
『心が雨漏りする日には』 Amazon
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『心が雨漏りする日には』には一般的な治療を逸脱した記載がありますのでご注意ください。このコラムは医学的な診断や評価を目的とするものではなく、ありのままの中島らもさんという一当事者の生きざまを考える目的で執筆しました。治療については主治医の指示に従ってください。

——双極症を「自分の言葉」で語るということ

この記事の要点

  • 中島らもさんの著作には、病を「自分の言葉」で語ろうとする力があります。
  • 『心が雨漏りする日には』という表現は、医学用語では届きにくい心の体験を伝えています。
  • 父の奇妙なふるまいをめぐる回想からは、家族の中に残る「わからなさ」も見えてきます。
  • らもさんの最期には痛ましさがあります。決して美化はできません。
  • それでも、病を抱えながら生き抜いた姿に、個人的な共鳴を覚えることがあります。
  • 大切なのは、死や危うさを肯定することではなく、病を抱えた人生を「失敗」と切り捨てないことです。
目次

はじめに——診断名だけでは語りきれないもの

双極症という病気は、医学的には「躁状態・軽躁状態」と「うつ状態」の波として説明されます。

けれど、実際にその波の中を生きる人にとって、それは教科書の言葉だけでは言い表せない体験です。

理由もわからず心が沈む日。
眠れないのに頭が動き続ける日。
自分でも止められない言葉や行動に、あとから驚く日。
そして、過ぎてしまった時間を思い出して、胸が痛む日。

中島らもさんの『心が雨漏りする日には』というタイトルには、そうした言葉になりにくい体験を、なんとか自分の言葉にしようとする力があります。

「心が雨漏りする」。

それは、医学用語ではありません。
でも、心の中で何かがしみ出してくる感じ、どこからか水が漏れてくるような心細さを、私たちに直感的に伝えてくれます。逆に雨漏りすることによって雨を知る、そんな心の複雑さ、深さを、不思議と感じさせてくれるタイトルです。

らもさんの文章には、笑いがあります。
脱力があります。
どこか突き放したような視線もあります。

けれど、その奥には、簡単には片づけられない苦しさがあります。

笑って語れるから、つらくなかったわけではない。
面白い文章になるから、病気が軽かったわけではない。
むしろ、言葉にしなければ抱えきれなかったからこそ、らもさんは書いたのかもしれません。

父の記憶——家族の中に残る「わからなさ」

『心が雨漏りする日には』では、らもさん自身の体験だけでなく、父親の奇妙なふるまいを回想する記載があります。

そのふるまいを現代の診断名に無理に当てはめることはできません。
過去の家族の姿を、後から医学的に決めつけることは慎重であるべきです。

ただ、その回想から見えてくるものがあります。

それは、家族の中に残る「わからなさ」です。

家族の誰かが、いつもと違うふるまいをする。
理由がわからない。意味が分からない。
子どもの目には奇妙に映る。しかし、らもさんは父親のふるまいの中に子供への愛情を感じている。
この奇妙さをその時代には説明する言葉がなかった。
病気なのか、性格なのか、家族の癖なのか、誰にも整理できないまま記憶に残っていく。

ここには、双極症を考えるうえで大切な視点があります。

こころの病気は、本人だけの中で完結するものではありません。
その変化は、家族の記憶にも残ります。
そして家族は、理解できないまま、心配したり、戸惑ったり、時には笑い話にしたりしながら、その人と一緒に暮らしていきます。

らもさんが父の姿を回想する時、そこには「病気を説明する」こととは少し違う、家族の記憶をたどるようなまなざしがあります。

あの時、家族の中で何が起きていたのか。
あのふるまいを、子どもだった自分はどう見ていたのか。
そして、大人になった自分は、そこに何を見出すのか。

この問いは、双極症とともに生きる人にも、家族にも、静かに響くものがあります。

病気を「診断名」だけでなく「体験」として見る

双極症を理解するには、診断名を知ることが大切です。

うつ状態とは何か。
躁状態とは何か。
軽躁状態とは何か。
再発を防ぐために、睡眠や生活リズムがなぜ大切なのか。

こうした知識は、本人を守るためにも、周囲の人が支えるためにも必要です。

けれど、知識だけでは届かない領域もあります。

本人にとって、この病気はどんな体験なのか。
家族にとって、その変化はどんな記憶として残っているのか。
言葉にならなかったしんどさを、あとからどう語り直すのか。

らもさんの文章は、その領域に近づこうとしているように見えます。

「躁うつ病とは何か」を説明するだけではなく、
「この病気とともに、自分はどう感じ、どう生きてきたのか」を書こうとしている。

それは、当事者が自分の体験を取り戻す作業でもあります。

ご本人へ——うまく説明できなくても、自分の言葉でよい

双極症と診断された時、自分の過去の行動を思い出して、苦しくなることがあります。

あの時の自分は何だったのか。
どうしてあんなことを言ったのか。
どうしてあんなに動けたのか。
どうして急に動けなくなったのか。

そのすべてを、すぐにきれいに説明する必要はありません。

医学的な説明は大切です。
でも、あなた自身の言葉も同じくらい大切です。

たとえば、こんな言葉でもよいのだと思います。

  • 心が雨漏りする
  • 波にさらわれる
  • ブレーキがきかない
  • 冬眠しているようだ
  • 世界が遠くなる

どんな言葉でもかまいません。
自分の体験に近い言葉を探すことは、自分を責めるためではなく、自分を理解するための手がかりになります。

らもさんの肖像から受け取れるメッセージは、こういうものではないでしょうか。

  • 病気を、立派に語れなくてもいい。
  • でも、自分の言葉で語ってよい。
  • 笑いに変えられる日があってもいい。
  • けれど、つらさまで軽く見なくていい。

周囲の方へ——「面白い人」で終わらせない

中島らもさんのような作家を読む時、私たちはそのユーモアに救われます。
重い話を、どこか軽やかに読ませてくれる力があります。

けれど、双極症の理解において大切なのは、そこを「面白い人だった」で終わらせないことです。読むだけでは笑える。しかし当事者は自分の制御できない感情、常軌を逸した行動を許容できない思い、周囲の方のとまどいなど、そこには壮絶な現実があったはずです。

本人が笑って語っていても、苦しさがないとは限りません。
破天荒に見える行動の背景に、病気や依存、生活の崩れがあることもあります。
周囲が「その人らしい」と受け止めているうちに、本人の安全や生活が危うくなることもあります。

支える側に必要なのは、本人の魅力を否定しないこと。
そして同時に、症状による困りごとを見逃さないことです。

周囲の方に大切な視点

    • その人らしさと、病気による変化を分けて見る。
    • 笑いと、支援の必要性を分けて考える。
    • 才能や魅力を、苦しみの理由にしない。
    • 「いつもと違う」「やり過ぎ」と感じる変化は、早めに相談につなげる。

    それが、らもさんのような作家を、心理教育の文脈で読む時に大切な姿勢だと思います。

    最期について思うこと——美化できない。けれど、切り捨てられない。

    中島らもさんは、飲酒後に階段から転落し、亡くなりました。

    この最期を、美化することはできません。
    飲酒の問題、事故の危険、依存の問題、生活の不安定さ。
    そこには、決して軽く扱ってはいけない現実があります。

    また、この最期を「双極症の人の生き方」として一般化することもできません。
    双極症とともに生きるうえでは、治療を続けること、生活リズムを守ること、安全を確保すること、周囲の支えにつながることがとても大切です。

    それでも、私個人としては、らもさんの最期に、どうしても奇妙な共感を覚えてしまうところがあります。

    それは、死そのものへの憧れではありません。
    事故や飲酒を肯定する気持ちでもありません。

    むしろ、らもさんが、病気や危うさをなかったことにせず、恥だけに閉じ込めず、笑いにし、言葉にし、書き続け、生きて、生きて、生き抜いた人だったように感じるからです。

    整った回復の物語ではない。
    模範的な闘病記でもない。
    安全で、穏やかで、誰にでもすすめられる人生でもない。

    それでも、そこには「こんな生き方もあったのだ」と思わせるものがあります。

    病を抱えた自分を完全には否定せず、危うさも弱さも抱えたまま、その人として生きた。
    その姿に、痛ましさだけでは受け止めきれない余韻を感じるのです。

    もちろん、私たちはそこから「危うく生きればよい」と受け取るべきではありません。
    むしろ逆です。
    生きていくためには、治療も、支援も、安全も必要です。

    けれど同時に、双極症とともに生きる人生を、きれいに整ったものだけに限定しなくてもよいのだと思います。

    うまくいかない日がある。
    失敗する日がある。
    人に迷惑をかけてしまう日がある。
    自分を持て余す日がある。

    それでも、私たちは私たちの人生を、ただ「失敗」として切り捨てたくはありません

    中島らもさんの姿は、私にそう思わせます。
    病を抱えながらも、人はその人として生きてよい。
    そして、できるなら、生きて、生きて、生き抜いてほしい。

    そのためにこそ、病気を知ること、言葉にすること、支援につながることが必要なのだと思います。

    読む方へのお願い

    ここで書いているのは、死や事故、飲酒、依存を肯定するものではありません。
    もし今、死にたい気持ちが強い、事故につながりそうな行動を止められない、飲酒や薬物の問題で危険を感じる、という場合は、ひとりで抱えず、すぐに主治医・救急・身近な支援者に相談してください。

    おわりに——言葉にすることは、回復の一部かもしれない

    中島らもさんの肖像は、病気を美化するものではありません。
    また、破天荒な生き方をすすめるものでもありません。

    むしろ、その文章から見えてくるのは、言葉になりにくいしんどさを、それでも言葉にしようとする人の姿です。

    病気は、人を黙らせることがあります。
    何が起きているのかわからず、説明する気力もなくなり、自分の体験が自分のものではなくなることがあります。

    だからこそ、あとから少しずつ言葉にすることには意味があります。

    本人の言葉。
    家族の記憶。
    周囲の戸惑い。
    それらを急いで結論づけず、少しずつ見つめ直すこと。

    中島らもさんは、そのためのひとつの入り口を残してくれた作家だったのかもしれません。

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      参考文献・関連リンク

      ※この記事は、著作・公表情報をもとに、双極症について考える心理教育コラムとして作成しています。特定の人物について医学的診断を行うものではありません。ご自身やご家族の症状について心配がある場合は、主治医や専門機関にご相談ください。

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      この記事を書いた人

      NPO法人ネット心理教育ピアサポート 代表
      双極性障害、ADHD当事者で薬剤師。
      起業と株式上場経験あり。

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