双極症の治療を知る:炭酸リチウムの「妊婦禁忌」が削除されました

NPO法人ネット心理教育ピアサポート

理事長 薬剤師 藤田剛(窓師)

2026年6月16日、双極症の治療に用いられる炭酸リチウムについて、重要な電子添文の改訂が行われ電子添文から「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」の禁忌が削除されました。このコラムでは、今回の改訂で何が変わり、何が変わらないのか、見直しの背景について解説します。

この記事の要点

  • 炭酸リチウムは、双極症の長期治療を支える中核的な気分安定薬の一つです。
  • 2026年6月16日、電子添文から「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」の禁忌が削除されました。
  • 見直しの背景には、胎児への影響だけでなく、治療中断による妊娠中・産後の再発リスクも重視されるようになったことがあります。
  • 禁忌削除は、「妊娠中でも安全になった」という意味ではありません。
  • 改訂後も、原則として投与を避け、必要な場合には精神科と産科・新生児科が連携して厳重に管理します。
  • 服用中に妊娠が分かっても、自己判断で急に中止せず、処方医と産婦人科へ早めに相談することが大切です。

2026年6月、双極症の治療に用いられる炭酸リチウムについて、重要な電子添文の改訂が行われました。

電子添文とは、薬の効能、副作用、使用上の注意などを定めた公的な文書です。これまで炭酸リチウムは、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」には使用してはいけない禁忌とされていました。

今回、この記載が禁忌の項目から削除されました。ただし、これは妊娠中の使用を広く勧める変更ではありません。病状、これまでの治療経過、薬を続けるリスクと中止するリスクを、一人ひとりについて検討するための変更です。

1.炭酸リチウムは双極症治療でどんな薬でしょうか

炭酸リチウムは、気分の大きな波を整える気分安定薬です。双極症の治療薬の中でも長い使用実績があり、躁状態への治療だけでなく、再発を防ぎながら安定を保つ長期治療を支える薬として、重要な位置を占めています。

日本の電子添文で承認されている効能・効果は、「躁病および躁うつ病の躁状態」です。現在の病名でいえば、主に双極症の躁状態に当たります。一方、実際の診療では、医師の判断により、双極うつ状態や維持期にも用いられています。これらは日本では適応外使用に当たります。

「適応外使用」とは

国が承認した効能・効果の範囲には明記されていないものの、医学的根拠や診療ガイドライン、本人の病状などを踏まえて、医師が必要性を判断して使用することです。「根拠のない使い方」という意味ではありません。

躁状態の治療

興奮、活動性の高まり、睡眠欲求の低下などが強い躁状態を整えるために用いられます。日本で承認された主な使い方です。

気分の波の再発予防

躁とうつのエピソードを繰り返す人の長期治療で、安定した状態を保つために用いられます。日本では維持期への使用は適応外です。

代替しにくい人がいる

ほかの薬では十分に安定せず、リチウムによって初めて気分エピソードを管理できる人もいます。長期治療で自殺関連行動のリスク低下も報告されています。

このため、妊娠したという理由だけで一律に治療を中断すると、病状が大きく悪化する人がいます。今回の禁忌削除を理解するには、胎児への薬の影響だけでなく、母体の双極症を適切に治療し続ける必要性も同時に考えることが重要です。

2.妊婦禁忌が削除されるまでの背景と流れ

炭酸リチウムが長く妊婦禁忌とされてきた背景には、開発当時の動物実験で催奇形性が報告され、初期の疫学研究でも先天性心血管異常が増える可能性が指摘されたことがあります。そのため、1979年の国内承認時から、妊婦や妊娠している可能性のある女性には投与しない扱いが続いてきました。

その後、妊娠中のリチウム使用について、より大規模な疫学研究や前向き研究が蓄積しました。心奇形のリスク上昇を示す研究がある一方、明確な増加を示さない研究もあり、当初想定されたリスクの大きさを改めて評価する必要が生じました。

同時に、双極症は妊娠可能年齢と発症時期が重なりやすく、治療中断による再発も無視できないことが分かってきました。添付のメディカルトリビューン記事で紹介された報告では、治療を継続した人と中断した人の再発割合は、妊娠中で37%対80%以上、産後で23%対66%とされ、中断した群で高い結果でした。これらの数値は個人の経過をそのまま予測するものではありませんが、薬を中止することにも重大なリスクがあることを示しています。

見直しの中心となった考え方

「薬を使う危険性」だけでなく、必要な治療を中断する危険性も含めて、母体と赤ちゃん双方の安全を考える必要がある、という考え方です。

  1. 1979年 動物実験と当時の疫学研究を踏まえ、国内承認時から「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」が禁忌となりました。
  2. その後 海外では妊婦への使用を一律の禁忌とせず、必要な場合に血清リチウム濃度を厳密に管理して使用する国があること、国内外で妊娠転帰のデータが蓄積してきたことから、見直しを求める声が高まりました。
  3. 学会からの要望 日本精神神経学会が、厚生労働省の「妊婦・授乳婦を対象とした薬の適正使用推進事業」の情報提供ワーキンググループに、妊婦禁忌の削除を求める要望書を提出しました。
  4. ワーキンググループとPMDAの検討 国立成育医療研究センター妊娠と薬情報センターなどで構成されるワーキンググループが、海外添付文書、動物試験、臨床研究、国内外の成書・ガイドラインを評価しました。続いてPMDAが、電子添文改訂の妥当性を検討しました。
  5. 2026年3月 厚生労働省の薬事審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会で、禁忌から削除することの妥当性が認められました。
  6. 2026年6月16日 厚生労働省が電子添文の改訂を指示し、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」が禁忌の項から削除されました。代わりに、妊婦への投与は治療上やむを得ない場合に限ることや、周産期の厳重な管理が明記されました。

※再発割合と検討経緯の整理には、添付のメディカルトリビューン記事「炭酸リチウムの妊婦禁忌を削除」(2026年6月17日)も参照しました。

3.「禁忌」とは何でしょうか

禁忌(きんき)とは、その薬を使うことで重大な害が生じるおそれがあり、電子添文上、原則として投与してはいけない患者さんや状態を示す区分です。英語では「contraindication(コントラインディケーション)」と呼ばれます。

禁忌は「注意して使う」よりも強い位置づけです

たとえば、特定の病気がある人、過去に重いアレルギーを起こした人、併用すると危険な薬を使用している人などが禁忌に指定されることがあります。医療者は、処方前に禁忌に該当しないかを確認します。

ただし、禁忌は「法律によってあらゆる状況で一律に禁止されている」という意味と完全に同じではありません。実際の医療では、生命や健康を守るためにほかの選択肢がなく、利益が危険性を上回ると専門医が判断するような、きわめて例外的な状況が問題になることもあります。

今回の改訂では、妊婦であること自体は炭酸リチウムの禁忌の欄から外れました。しかし、妊婦に関する注意がなくなったわけではありません。改訂後も「治療上やむを得ないと判断される場合を除き、投与しない」とされ、使用する場合には厳重な管理が求められています。

今回の変更を一言でいうと

「妊娠しているから一律に使用できない」から、「原則として避けるが、必要性が高い場合は専門的に検討できる」へ変わった、と理解するとよいでしょう。

4.電子添文で何が変わったのでしょうか

項目 改訂前 改訂後
禁忌 妊婦・妊娠している可能性のある女性には投与しない 禁忌の項目から削除
妊婦への基本姿勢 原則として使用できない 治療上やむを得ないと判断される場合を除き、投与しない
使用する場合 原則として想定されていない 専門医と周産期医療機関が連携し、適切と判断された患者に限って使用
必要な管理 通常の血清リチウム濃度測定 妊娠中は血清リチウム濃度を頻回に測定し、妊婦・胎児・新生児を管理
改訂後も、電子添文には「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上やむを得ないと判断される場合を除き、投与しないこと」と記載されています。

最も大切な点

「禁忌ではなくなった」ことと、「安全である」ことは同じではありません。使用できる可能性が生まれた一方で、慎重な判断と厳密な管理が必要です。

5.研究の積み重ねで何が見直されたのでしょうか

炭酸リチウムの妊婦禁忌は、先発医薬品が承認された1979年から続いてきました。当時は、動物実験で胎児への影響が報告されていたことに加え、妊娠中にリチウムを使用した人の赤ちゃんで、先天性心血管異常が多い可能性が報告されていました。

その後、より多くの妊娠例を対象とした研究が積み重ねられました。心奇形を含む先天異常のリスク上昇を示唆する研究と、明確な関連を示さない研究の両方があります。そのため、リスクを完全に否定することはできません。

一方で、海外の添付文書では妊婦への使用が一律の禁忌とはされておらず、国内外の診療ガイドラインでも、リチウムの中止が難しい場合には、十分な血清リチウム濃度の管理を前提として使用を検討できるとされています。

薬を使わないことにもリスクがあります

妊娠中の薬について考えるときは、薬が胎児へ及ぼす可能性だけでなく、薬を中止したことで本人の病状が再発・悪化する可能性も考える必要があります。

炭酸リチウムによって安定を保っており、ほかの薬では十分な効果が得られにくい人もいます。妊娠を理由に急に中止すると、躁状態やうつ状態が再発することがあります。妊娠中から産後は、睡眠不足や生活環境の大きな変化も重なり、再発への備えが特に重要な時期です。

今回の改訂は、薬を続けるリスクと中止するリスクの両方を考え、本人と医療者が個別に判断する方向へ進んだものといえます。

6.禁忌削除は「安全宣言」ではありません

胎児への影響

改訂後の電子添文にも、動物実験で催奇形作用が認められたこと、ヒトで心奇形の発現が報告されていることが記載されています。催奇形性とは、妊娠中の薬などが胎児の形態に影響する可能性を指します。

血清リチウム濃度の変化

リチウムは、体内の水分量や腎臓からの排泄に影響される薬です。妊娠中は体液量や腎機能が変化するため、同じ量を服用していても、血清リチウム濃度が変わることがあります。

特に妊娠末期には、分娩直前に血清リチウム濃度が異常に上昇することがあるため、妊娠の時期と体調に応じた採血と用量調整が必要です。

新生児への影響

妊娠中に炭酸リチウムを使用した場合、生まれた赤ちゃんに新生児薬物離脱症候群やリチウム中毒が現れることがあります。そのため、必要に応じて新生児科で観察や検査を行える体制が求められます。

7.妊娠中に使用する場合に必要な管理

  • 精神科と産科・新生児科の連携:処方医だけで判断せず、妊婦、胎児、新生児を管理できる医療機関と情報を共有します。
  • 血清リチウム濃度の頻回測定:採血結果と体調を確認し、必要に応じて用量を調整します。
  • 脱水への注意:つわり、発熱、下痢、嘔吐、水分をとれない状態では、リチウム濃度が上昇することがあります。
  • 併用薬の確認:一部の鎮痛薬、降圧薬、利尿薬などは、血清リチウム濃度を上昇させることがあります。市販薬を含め、使用前に医師・薬剤師へ確認します。
  • 出産前後の計画:分娩時期、採血、服用量、新生児の観察方法などを事前に相談します。

早めに医療機関へ連絡したい症状

強い吐き気・下痢、ふらつき、歩きにくさ、手の震えの増悪、強い眠気、意識がぼんやりするなどは、リチウム中毒でもみられる症状です。妊娠中にこのような変化がある場合は、次の診察を待たずに医療機関へ連絡してください。

8.服用中に妊娠が分かったら

自己判断で急に中止しないでください

妊娠が分かった時点で、炭酸リチウムを処方している精神科と、妊娠を診てもらう産婦人科の両方へ、できるだけ早く連絡してください。

相談の際には、次の情報があると役立ちます。

  • 現在の服用量と服用回数
  • 最終月経や妊娠週数
  • 最近の血清リチウム濃度
  • 腎機能・甲状腺機能の検査結果
  • ほかに服用している処方薬・市販薬・サプリメント
  • 過去にリチウムを減量・中止したときの病状

そのうえで、継続、用量調整、ほかの治療への変更などを、妊娠時期と病状に合わせて検討します。

9.妊娠を希望している人へ

現在炭酸リチウムを服用していて、将来の妊娠を希望している場合は、妊娠してからではなく、できれば事前に主治医へ相談してください。

これは「必ずリチウムを中止するため」の相談ではありません。次のことを前もって考えるための相談です。

  • これまでの病状と、リチウムの効果
  • 継続した場合と中止した場合のそれぞれのリスク
  • 代わりの治療が可能か
  • 妊娠中と産後の再発予防
  • 精神科と産科が連携できる医療機関
  • 家族や支援者と共有しておく対応計画

本人が十分な説明を受け、治療の利益とリスクを医療者と共有しながら決めることが大切です。これを共同意思決定といいます。共同意思決定とは、医療者だけで決めるのではなく、本人の希望や生活も含めて一緒に治療方針を考えることです。

まとめ:「一律に禁止」から「個別に慎重に判断」へ

炭酸リチウムの妊婦禁忌が削除されたことは、妊娠中の使用が安全になったという意味ではありません。

一方で、妊娠したら病状や治療経過にかかわらず、必ずリチウムを中止しなければならないという仕組みからは変わりました。

今回の改訂が示すのは、薬を使うリスクと、治療を中断するリスクの両方を考え、適切な医療体制のもとで個別に判断するという考え方です。

当事者の方へ

妊娠を希望していることや、妊娠した可能性があることを、主治医に伝えにくいと感じる方もいるかもしれません。しかし、それは治療方針を一緒に考えるための大切な情報です。

妊娠したことや、薬を服用していたことを一人で責める必要はありません。薬を続ける場合にも、変更する場合にも、安全な方法を医療者と一緒に考えていきましょう。

本改訂に関わった皆さまへ

今回の炭酸リチウムに関する妊婦禁忌の見直しは、単に薬を「使えるようにする」ための変更ではありません。薬によるリスクだけでなく、双極症の治療を中断することで生じる再発や重症化のリスクにも目を向け、一人ひとりの状況に応じた治療を検討できるようにする、意義のある取り組みだと私たちは考えています。

見直しを要望した日本精神神経学会、厚生労働省「妊婦・授乳婦を対象とした薬の適正使用推進事業」の情報提供ワーキンググループをはじめ、国立成育医療研究センター妊娠と薬情報センター、PMDA、薬事審議会、厚生労働省など、最新の科学的知見と臨床現場の課題を丁寧に検討し、今回の改訂に尽力されたすべての関係者の皆さまに、心より敬意と感謝を申し上げます。

この見直しが、妊娠や出産を希望する双極症当事者が、治療を一律にあきらめたり、自己判断で薬を中止したりすることなく、医療者と十分に相談しながら、自分に合った治療を選択できる環境づくりにつながることを願っています。

主な参考資料

  1. メディカルトリビューン.「炭酸リチウムの妊婦禁忌を削除」2026年6月17日.
    記事ページ
  2. 厚生労働省医薬局医薬安全対策課.「炭酸リチウム製剤の使用にあたっての留意事項について」2026年6月16日.
    PMDA掲載PDF
  3. 医薬品医療機器総合機構(PMDA).「炭酸リチウム 使用上の注意の改訂内容」2026年6月16日.
    改訂内容PDF
  4. 医薬品医療機器総合機構(PMDA).「炭酸リチウム 調査結果報告書」2026年3月3日.
    調査結果報告書PDF
  5. 厚生労働省.令和7年度第12回薬事審議会 医薬品等安全対策部会安全対策調査会 議事録.
    厚生労働省ウェブページ
  6. 国立成育医療研究センター.「双極症の治療薬・炭酸リチウムの“妊婦禁忌”解除へ」2026年6月16日.
    国立成育医療研究センターウェブページ
  7. Patorno E, et al. Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations. N Engl J Med. 2017;376:2245-2254. doi:10.1056/NEJMoa1612222
  8. Hastie R, et al. Maternal lithium use and the risk of adverse pregnancy and neonatal outcomes: a Swedish population-based cohort study. BMC Med. 2021;19:291. doi:10.1186/s12916-021-02170-7
医療上の注意:本記事は一般的な情報を提供するもので、個別の診断や治療方針を示すものではありません。妊娠中または妊娠を希望している方は、炭酸リチウムを処方している医師、産婦人科医、薬剤師へご相談ください。自己判断による中止・減量・再開は避けてください。

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この記事を書いた人

NPO法人ネット心理教育ピアサポート 代表
双極性障害、ADHD当事者で薬剤師。
起業と株式上場経験あり。